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令和七年の年末から令和八年の年始にかけての海外旅行記 その1からその4並びに特別編
令和七年から令和八年の海外旅行記 #2 その5からその13
2026-02-25 17:40:00NEW !
その14
地上に降りてきたわれわれはドバイモールで夜食をとることにした。日付けは既に1月2日になっているのにほぼ満席だ。娘はこんな時間帯に子ども連れの家族が食事していることにカルチャーショックを受けていた。
外に出る。「娘がこの周りを歩いてみようよ」と言うので眠かったが付き合うことに。祭りのような人出だ。
人口の湖の周りにレストランや高層ビルがひしめいて、全てがキンキラキンに輝いている。まるで別世界に迷い込んだようだ。眠気でフラフラになって歩いていたが、睡魔がどこかに行ってしまった。夜中の1時近くなのに公園では大人が卓球をしたり、子どもたちがサッカーボールを蹴っている。ここはどこだ?ドバイだ。中東の。
なんだか夢を見ているような気がしてきた。
タクシーを拾ってホテルに帰る。ドライバーはパキスタン人、中東ではタクシードライバーはほぼパキスタン人だ。
「エウレカホテルへ。えっと、アルリガ駅の近くの。わかりますか」
「ははは、アリガね。エウレカホテル、もちろん知ってるよ」
「You know every inch of this town(この街の隅から隅まで知ってますね)」
「タクシードライバーを8年やってるからね」
娘はさすがに熟睡している。僕はこの光り輝く街を見逃すまいと必死で目を開けていた。ドバイという大都会の最後の夜を。
他のタクシードライバーには失礼だが、彼から知的なものを感じる。運転はとてもスムーズであった。
「あなたはドバイで最高のタクシードライバーだ」
「ありがとう、良き夜を」
ホテルの部屋に入ると倒れこむように寝る。2時になっていた。
翌日7時起床。早く起こすのもかわいそうだったので9時に娘を起こす。
「今、何時?」と寝ぼけ眼で。
「9時」
「え、何で6時に起こしてくれなかったの。パーム・ジュメイラに行くって言ったのに」
確かに行きたいと言っていた。11時に空港に着いていないといけないので、6時に起きたら行けると答えたのだ。
「わかった。9時半にホテルを出よう」
それから猛スピードでパッキングし、20分後にホテルをチェックアウト。大急ぎで大通りに出て、タクシーを捕まえる。
パーム・ジュメイラはペルシャ湾に面した世界最大級の人工島リゾート地だ。幹線道路から左右に16本の葉のような埋め立て地があり、上空から見たらナツメヤシの形ををしている。地理の教科書に「石油に頼らない国づくり」の象徴として載っていたらしい。40分で現地に到着。モノレールの駅があったが停止中と張り紙がしてある。ここはナツメヤシの下の部分だと思い、先端まで行こうと止まっているバスに「このバスは観光用のバスですか」と聞くと「ホテルのバスですよ」。
時間がないので必死である。観光用らしきバスを見つけ、「パーム・ジュメイラの先端に行きたいんですが」と言うと、ドライバーは「already」。
「へ?」
ここは既にその先端だったのだ。
ペルシャ湾はあくまでも青く、遊歩道にはパームツリーが続いている。周囲には高級ホテルが建ち、高級そうな人たちが散歩なさっている。まさに高級リゾート地である。
管理人マーキュリーマークからの伝言
時差ボケは凄まじいです。日本と中東では活動する時間は大きく異なります。就寝時間も同様です。海外で歩行中に眠たくなったのを私も連想しました。 モノレールは運航停止中。利用したドバイの優良タクシーはドリアン長野が平成十年代に旅した上海の不良タクシーとは異なり円滑な旅を楽しめたそうです。
上海旅行記からの抜粋
「ハイウエイ代の100元とタクシー代の100元を払ってくれ」
てめ~、空港でタクシー代はホテル代込みだと言ったじゃね~か。そう言うと 「サービス込みだと言ったが、料金込みだと言った覚えはない」 とわけの分からんことをぬかしやがる。渋々100元だけは渡したが、あとの100元は絶対に払えんっ! と長い間言い争った。
管理人マーキュリーマークからの伝言
公共交通機関の役割は大きい。日本の旅行代理店で送迎バスが含まれてる旅行商品を選ぶのも悪くありません。空港からホテルへの移動方法は想定すべき。私はカナダで送迎バスに乗車したのを昨日のように連想します。
人によっては空港から徒歩で行ける場所で営業してるホテルに宿泊するらしいですけども。
2026-03-02 17:57:14NEW !
その15
一日ゆっくりとしたいところだが、15分滞在しただけで慌ただしくタクシーでドバイ・インターネットシティ駅へ。 そこからメトロで空港に向かう。 タクシー代が高くついたがわずかな時間でも行ったことと行かなかったことでは大きな違いだ。
空港のターミナル1と2ではかなりの距離がある。
ホテルでデジタル行程表を確認しておいてよかった。もし違うターミナルに行っていたら乗り遅れること確実だった。だがドバイモールで買ったモバイルバッテリーが娘のスマホに充電できない(帰国してからはできた)。
昔は紙の航空券でガイドブック片手にホテルや観光地を探してわからなければ現地の人に聞いた。それがきっかけで親切にしてもらったこともあった。ネットは便利だけど失ったことも多いよなあ。
ドバイ国際空港には二時間前に着いた(ほっ)。
まずは旅の行程表をスクショ。新しくeSIMをネット購入して有効化。これで一安心だ。機内での昼食用にヌガー、ジュース、ビスケットを買う。
娘はサッカーのユニフォームショップに入り、熱心に見ていた。欲しそうだったが、やはり高い。こんなことならバンコクのMBKで買っとけばよかった。
13時前、海南航空に搭乗。さらば中東、短い時間だけど多くの学びがあり、楽しかった。
海南航空機はLCCだと思っていたが、美蘭国際空港を本拠地とする保有機数では中国で第4位の航空会社である。
機内に入るとシートが赤い。CAは三人。この中の一人がいつもイライラしている。
娘がモニターの使い方がわからないので、困っていると隣に座った中国人女性が「わたし、日本語話せます」と教えてくれた。
しばらくすると機内食が出た。久しぶりだ。
猿岩石がバンコク〜ミャンマーを飛行機で移動した時に「機内食が食べられる」と喜色満面だったのを思い出した。中華系の機内食はハズレがない。
とても美味しかった。
次の目的地まで7時間半だ。僕は活字中毒なので機内ではひたすら本を読む至福の時間を過ごすのだが、たまには映画でも観ようとモニターを点けた。選んだのは「サウスポー」というボクシング・ストーリー。主人公は成功したボクサーで豪邸に妻と一人娘と住み、何不自由のない暮らしをしている。ある時、自分の短気さから妻が流れ弾に当たり、亡くなってしまう。自暴自棄になった主人公は自殺未遂を起こし、娘の親権を取り上げられてしまう。
施設に娘を訪ねる主人公、生きる意欲を失くした主人公に娘が「パパなんか、大嫌い!」と泣きながら叩く。主人公はトレーナーに頭を下げ、猛練習の末に再びリングに立つ。自分のために、娘のために。単純なストーリーだ。
娘を見ると熟睡している。泣いている顔を見られなくてよかった。座席の下にはリヤドで食べた残り物を入れた紙袋が置いてある。紙袋は汁が染み出して一部が茶色くなっている。
旅も終わりが近づいてきた。娘との海外旅行はこれで最後だろう。安堵感と寂しさが交錯する。
中東に来られたのは娘のおかげだ。ありがとう。
真夜中過ぎに海口美蘭国際空港に到着した。海南島は中国のハワイと言われるリゾート地だ。台湾より一回り小さく、中国最南島であり、ベトナムに近い。
空港で係員の指示に従い、入国カードに記入。
SNSが繋がらなくなった。せっかく入れたeSIMも機能しなくなった(これはアクティベートに失敗したせい)。はあ〜、先が思いやられる。
ホテルは連絡してくれたら迎えに来てくれるそうだが、ネットが繋がらないので自力で行くしかない。
空港前にタクシーが列を作っていて、警察官が捌いている。中東でも中国でもタクシーはスマホをナビとして使っているのだが、僕のスマホがネットオフになっているのでホテルの名前を書いた紙をドライバーに渡す。ここでさらに困ったことが起きた。ドライバーが英語を理解できないのだ。
ドライバーは警察官を呼んで何か話している。
警察官が50元(千円)と言う。ホテルまで50元かかるらしい。
タクシーが走り出す。さすが中国のハワイというだけあって道路傍にはパームツリーが続いている。タクシーはすぐに屋台や食堂がある区域に入り、ぐるぐると周っているがホテルが見つからない。
管理人マーキュリーマークからの伝言
明日の事は誰にも分からないですけども今回の海外旅行記が最終回になるやもです。金銭的な事情や奥さんの病気、そしてドリアン長野本人は還暦を過ぎてます。ホテルの送迎バスの利用が行える旅行商品なのか自主手配なので自己責任は大違いです。現地の交通手段は海外旅行案内書等で事前に調べましょう。
人それぞれです。私は直行便でカナダ旅行しました。旅行代理店でフリープランの代金を支払いホテルの送迎バスが利用出来ました。
詳細は各自で調べてもらいたい。 フリープランとは日本の旅行代理店が販売してる旅行商品で基本的には往復の交通費と宿泊費用のみを組み合わせてます。送迎バス、各種税金、国際空港の利用料等が含まれてる場合はありますが商品によって異なります。
時差ボケに至っても就寝時間は自由に選べて旅を楽しめますが食費等の支払は自己責任です。 猜疑心旺盛な人は毎日フェイスブックのタイムラインに詰問してくるので気分が悪かったです。
2026-03-04 17:57:59NEW !
その16
周辺は安宿ばかりで高級ホテルはあまり見当たらない。海南島のリゾート地は南部にあるので、そちらに密集しているのだろう。
ドライバーは中国語でぼやいている。しばらくして一軒のホテルの前に止まった。ここだと言っているらしい。僕は「ちょっと待っててくれ」とフロントに確認しに行く。まるっきり違う。適当に止めたな。フロントがドライバーに何か言っている。多分、ホテルの場所を教えているのだろう。それでもホテルは見つからない。ドライバー、さらにブツブツ言う。ぐるぐるぐるぐる。やっと見つけたのが1時過ぎ。100元渡す。ドライバー、お札を裏表調べる。ニセ札じゃないって。お釣りは?警察官が50元と言ってだけど。ドライバー、中国語で何か言っている。わかったよ、長時間探させて悪かったな。チップだ。
フロントには若い男が一人。電話中だ。通話相手は女性の大きな声で早口でしゃべり倒しているのがこちらにも聞こえてくる。男は困惑気味で時おり「はい」「はい」と気弱そうに返事をしているが、ボスか、客のクレームか。やっと電話が終わったので英語で話しかけるが通じない。いや、まいったな、ホテルマンもか。と言っても一泊1200円のホテルだけど。男はスマホをタップして、こちらに見せる。日本語の文章だ。
おお、言葉が通じるのは素晴らしいね。こうしてわれわれは翻訳アプリを介して意思を通じ合わせたのである。時間はかかったけど。やっと部屋に入る。結構広い。テレビは点かなかった。やっぱり。
あ、明日の観光地のことを聞いておこう。部屋はフロントの真後ろなので5秒で行ける。
交代時間だったのだろう。フロントには別の青年が。これも翻訳アプリで会話。なんとか寝たのが3時になってしまった。
管理人マーキュリーマークからの伝言
海外旅行と国内旅行は異なる。最善を尽くしても海外のホテルに到着したのが日本時間の午前3時を回る事はあり得ます。冷たい人はそんなことはお構いなしに悪い意味でフェイスブックを通じて詰問してきます。政府から詰問された人なのかな?それはともかく無事にホテルに到着が出来たのは良かったです。
日本国内で外国語を学ぶかスマホで翻訳が行えるようにしておくか否かで大違いです。 但し、無駄な連絡は控えるようにしましょう。
照明が利用出来なくなった等はともかくですが、今その時に質問する必要があるかないかは考えないと就寝時間が削減されて困ることになりかねません。 深夜でも扉を何度も開閉させて議論してた日本人は海外にいました。
その17 2026-03-10 22:27:29NEW !
1月3日
8時半起床。娘を起こすが中東と違ってなかなか起きない。起きてからリヤドで三日前テイクアウトした残りを食べていた。
その間、フロントに行くと若い女性がいた。この辺の若者の就職先はホテルなのか。地元では飲食店かホテルくらいしかないので就職難なのだろうか。
彼女はスマホを持っていなかった。ここでTemで買った翻訳機の登場である。中東での現地のために購入したのだが、英語が通じるので出番がなかったのだ。
しかしこの翻訳機がまともに翻訳してくれない。
必然的に翻訳機に向かって滑舌よくゆっくりと「こ・の・荷物・を・預・かって・も・ら・え・ます・か?」とジャーナリストの渡部陽一さんのような話し方になる。
彼女も中国語も何度も言い直して、やっと「貴重品は入っていますか」と翻訳。
部屋に戻ると娘が「日本語しゃべらないで」。
去年中国で日本人の子どもが中国人に刺殺された事件があったが、心配症の娘はびびっているのだ。
思い出してフロントで「100元をくずしてくれませんか?」と聞くと、「ない」と言う。
ロビーに座っていたおじさんが手振りで、麺を食べたら一杯10元だよ、と言う。そのおじさんが手招きするので一緒に外に出る。近くの雑貨店で両替してもらった。その女店員も100元札を裏表にして調べていた。あとから考えると雑貨店ではお釣りがないと困るので迷惑だっただろう。
娘と周辺を散歩する。中国によくあるような田舎の町。道路は舗装されていない。家の前でゲージに入れて鶏を飼っている。屋根のある朽ちた市場でおばあさんたちが野菜を売っている。のどかだ。それでも海南島の人口は一千万人、海口市は200万人だ。
スーパー(というよりは大きな雑貨店)でアイスを買って歩きながら食べる。
食堂があったので「食べようか」と言うと「さっき食べたからいい」
それじゃあ観光地で食べよう。さっきから観光地と言っているのは騎楼老街のことだ。
AI先生、お願いします。
海南島海口市の「海口騎楼老街」は、20世紀初頭に南洋から帰国した華僑によって建設された、中国最大かつ最良の保存状態を誇る歴史的な騎楼(アーケード式)建築群です。欧州の風情と中国の建築様式が融合した独特な街並みで、異国情緒あふれるお土産屋、カフェ、レストランが集まる観光名所です。
道を歩きながらタクシーが通るのを待つが田舎だからなかなかやって来ない。ネットが使えたらUberを呼べたのだが。しばらく歩いていたらやっと来た。初めての女性ドライバーだ。
30分ほど走って着いたが、交差点は車やタクシー、人でごった返している。KFCの前で降りて、賑やかな通りを進んでいく。
レストラン、カフェ、土産物屋などが立ち並び、りんごやバナナ、ドリアンなど計り売りの行商人が商売をしている。さらに行くと細い通りには人とバイクが入り乱れ、さらに進むと市場があった。カメ、ウサギ、ガマガエル、魚雷、見るだけで楽しい。
食事をすることにした。外にあるテーブル席に座る。娘は要らない、と言うのでスプライト。
僕は麺を注文した。出てきた麺のスープはニラ、牛肉が入っていて、牛骨、アサリなどで出汁をとっていてすりおろしたニンニクがアクセントになっている。あっさりしているがコクがあり、〇刈正雄と阿〇寛を二で足して割ったような絶品のスープである。お椀を二つ持ってきてくれたので迎娘にもわけてやると、要らないと言ったわりにはおかわりをした。あまりにも美味しかったので家で再現して作ってみたほどだ。
あとはオサレなカフェでスイーツ。ココナッツミルクのプリンを堪能した。
管理人マーキュリーマークからの伝言
私もカナダで持ち帰りの食品を購入したが三日前に調理された食品を食べるなんて論外です。海外だからこそ慎重な行動を取るべきです。
瓶詰や缶詰等はともかく、空港の入国係官によって腐敗した食品が廃棄処分に至る恐れを想定し絶対に模倣しないようにして下さい。
海外ではカード払いのみのお店は多いけども現金払いのみのお店も営業してます。
海外は治安が悪い。理由は雇われた日本人がSNSを通じ詰問を繰り返し犯罪を幇助する。
その18 2026-03-11 22:13:51NEW !
帰りにタクシーを捕まえ、エアポートと言っても通じないので、海口市で空港行きの案内標識を撮った写真を見せる。空港は中国語では「机场」と言う。
ある日本人旅行者が香港でタクシーに乗り、エアポートと言うが通じない。旅行者は車外に出て、両手を広げ、ブーンと声に出して飛行機のまねをするが運転手は首を傾げるばかり。
「空港」と書いた紙を渡すとようやく走り出した。着いた場所は荒涼とした港だった。旅行者は飛行機に乗り遅れてしまった。
「空港」はさびれた港としか認識されない。
ドライバーはなんかしゃべっている。もちろん言っていることは皆目わからない。
途中、ドライバーがスマホを渡してきた。画面には中学生くらいの女の子が映っている。どういう展開かと戸惑っていると、
「わたし、日本語話せます。これからどこ行きますか?」
「あ"…香港です」
「ターミナルは何番ですか」
どうやらドライバーが日本語を勉強している娘さんに電話したようだ。
ふとスマホのスクショを調べてみたらターミナルは2だ。さっき1と言ってしまった。お父さんに二本指で「ツー、ツー」と言うが困惑。お父さん再度娘さんに電話。
スマホでビデオ通話。「何度もすみません、ターミナル1じゃなくて2でした」
「私もいま調べていて変だと思いました」
しっかりした娘さんだ。将来日本で働いてほしいと勝手に思う。
海口美蘭国際空港に到着。料金は88。100元渡す。例によってお札の裏表をためつすがめつ点検している。
「お釣り」
お父さん、何か言っている。わかったよ、お釣りは娘さんのために。
香港行きのカウンターで待っていると、娘が言う。「あっちで怒った乗客と乗務員がポールを蹴っ飛ばしてたで」
「何で教えてくれなかったん」
香港出発は18時、空港には14時に着いたので初めてゆっくりする。マクドで食べてウロウロしてから保安検査場へ。僕のバッグにはモバイルバッテリーが五つ入っていたが、それは不問。ヘアジェルは没収された
管理人マーキュリーマークからの伝言
飛行機に乗り続ける長旅の影響で海外に行くと過労に至ります。渡航前に現地の外国語を学んでおかないと通用しません。日本語が話せない外国人を見かけた事が一度はあると思います。朦朧とするのでターミナルを間違えるのも無理は無いです。
モバイルバッテリーは航空機への持ち込みが2026年四月から禁止されます。ヘアジェルですが液体物扱いされるそうで国際線を利用する時には各容器が100ml(または100g)以下にしないといけない。
送迎バスは一長一短です。長所は安全運転です。 行きは空港から宿迄。
帰りは宿から空港迄を運転してくれます。短所は他の交通手段と比較したら高値で他の日本人観光客の乗客の待機が求められる点です。
その19(完)2026-03-12 10:50:48
さあ、いよいよ最後の観光地香港へ。わずか1時間半のフライトで19時半に香港国際空港に着いた。
香港滞在時間はわずか五時間しかない。
入国審査場は長蛇の列だ。しかし審査官は効率よく捌いていき、思ったより早く入国できた。
急いでエアポート・エキスプレスに乗り、24分で香港駅へ。まず目指すはヒルサイドエスカレーター。
この場所は映画『恋する惑星』『ポリス・ストーリー/香港国際警察』などの舞台として登場すると、観光名所として脚光を浴びるようになり、このエスカレーターそのものが旅行ガイドに掲載されるようになる。山手に住む住民の足であり800メートルの世界最長のエスカレーターだ。
歩いている人を捕まえては道を聞く。それでも知っているは少ない。「何年も前に昇ったきりで覚えてないなあ」という人もいる。
五人ほど聞いてやっとたどり着くと早足でエスカレーターを駆け上がる。周囲には寺院やレストラン、カフェ、アパートなどがある。窓が空いていると中の様子が見える。
頂上に着くと息つく隙もなく、今度は急いで徒歩で降りる。
娘が聞く。「何で昇ったん?」
「前、昇ってみたいって言ってたやん」
「昇りたいなんて言ってないで。あのエスカレーター知ってるって言っただけやで」
ガクっ、なんだよ。気を取り直して今度はスターフェリーへ。
『深夜特急』で沢木耕太郎はスターフェリーを香港島と九龍半島を結ぶ60セントの船旅と書いている。ソフトクリームをなめながら風に吹かれるそのわずかな時間は王侯貴族でさえ体験できない豪華な船旅だと。
地上に降りたわれわれは今度は片っ端からスターフェリーの場所を聞く。大学生らしき二人連れの青年は詳しく教えてくれた。ビルの中に入って白人のカップルに聞く。すごく焦っているように見えたのか、最後に「頑張って」。
早足でスターフェリー乗り場に行き、販売機でチケットを買う。片道100円。ほとんどの交通機関で使えるオクトパスカードをアプリに入れていたが、一度も使うことはなかった。どこでもクレカが使える。いっせいに船内へ。いったん座ったが、もっといい場所があると移動しようとしたら他の人に座られた。「優柔不断」と娘。
煌めく夜景を眺めながら九龍島へ。風が強くて寒い。海岸べりに有名人の手形のあるアベニュー・オブ・スターズを急いで通り抜ける。ブルースリーの銅像にはそこだけ観光客が集まり写真を撮っていた。われわれも写真を撮る。
その足で娘が行きたいと言っていたチョンキンマンションに向かう。
時間がない。タクシーに乗り込んで「チョンキンマンション」と言うと、「歩いても行けるよ」
横断歩道を歩き、地下道を渡って地上を少し歩くとネイザンロードに面した重慶大厦(チョンキンマンション)の威容が現れた。香港は20年振りだがこの周辺は少しも変わっていない。
チョンキンマンションは巨大な雑多ビルで安宿が密集している。物価の高い香港においてはバックパッカーの定宿となっていて僕も香港に来るたびに泊まっていた。新婚旅行でも泊まったことのある思い出の地だ。
入口では東南アジア人やアフリカ人が客引きをしている。
うしろから「ホンモノノ、クサアルヨ」と声を掛けられた。われわれを一瞬で日本人と見抜くとはさすが客引きのプロである。
新婚旅行の時はインド人の客引きに誘われてパリスゲストハウスとかという名前に惹かれてついて行ったのだが、窓には鉄格子がはまり、牢獄のようなゲストハウスだった。ベッドに毛布が一枚。神経質な妻は汚なさそう、とかけずに寝ていた。明け方、寒気を覚えて目を覚ましたが、妻が毛布を独り占めにして熟睡していた。
翌日は中国人夫婦が経営するゲストハウスに宿替えした。「インド人は良くないね」という老婦。その宿は大沢たかおのポスターが貼ってある。
大沢主演で「深夜特急」のテレビドラマが放送されたが、彼が香港で泊まったゲストハウスのロケがそこで撮られたらしい。それはともかく、
「なんか違う。もっと囲まれている感じのところ」と娘。中に入ってみる。雑多な雰囲気。東南アジア、中東、アフリカの人たちで騒然としている。
娘がYouTubeを見せると「モンスターマンション」と出ている。
5棟の巨大複合集合住宅の通称で、レトロで高密度な建築が「怪獣大厦」とも呼ばれ、映画『トランスフォーマー』のロケ地としても有名。中庭から見上げる景色は圧巻の映えスポット、らしい。
なんだ、チョンキンマンションと間違えたのか。
そこへは香港駅からメトロ一本で行けたのに。
仕方ないが時間がないので帰る。食事をする暇もなかった。ずっと駆け足(笑)。
空港に着いてからマクド(笑)。
真夜中発1時45分のピーチ。そして4日の朝6時に関空着。
自宅の最寄りの地下鉄の改札を出ると、ちょうど今から教会に行く妻とバッタリ。一週間ぶりに会った妻は「無事に帰ってきたね〜」と満面の笑顔。
あれから二か月、アブダビ空港やドバイ空港、パーム・ジュメイラなどが被害を受けた。
テレビの画面を見ながら二人で話す。
イスラエルのこと、ハ〇スのこと、ヒ〇ボラのこと、イランのこと。
この前は娘が観たいと言うのでレバノンのスラムに住む貧困問題を描いた映画「存在のない子供たち」を観た。非常に重い映画だった。
次は社会の厳格な戒律と、そこから自由になりたいと願うサウジアラビアの少女の成長物語「少女は自転車にのって」を観たいという。
父親としては娘が多くのことを感じ取ってくれることを願ってやまない。
世界はネットのおかげで狭くなったと言われるが、まだまだ世界は広い。
そしてかつての僕がそうだったようにいつかバックパッカーとして世界を見てほしいと願っている。
管理人マーキュリーマークからの伝言
令和八年四月下旬に令和七年の年末から令和八年の年始にかけての海外旅行記を再編集し第一話から最終回を一本化した上で投稿する予定です。
今回は特別にその14から最終回について投稿します。
航空会社のピーチアビエーションはピーチと言われてますね。
直行便を利用した海外旅行記とは異なり経由便や乗継便を利用されました。香港に限っては滞在時間が五時間。
渡航した事には変わらないが余裕を持って旅をしても悪くなかったか?
出国前に打ち合わせをするのは重要ですし寒さ対策でフリースの毛布(1.5mX2m)は用意すべきか?
鉄道の切符の支払い方法は現金かタッチ決済かな?
繰り返すようですが、後日、再投稿しますのでお待ち願いたい。
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回顧を兼ねた書評 令和二年三月
インドでわしも考えた https://t.co/GyLfMXrbgj
— ドリアン長野(紹介用) (@duriannagano) September 7, 2024
孤独な鳥はやさしくうたう https://t.co/Iw3qCDUjI1
— ドリアン長野(紹介用) (@duriannagano) September 5, 2024
『文章のうまさと疾走感』
— ドリアン長野 (@duriannagano) March 17, 2020
⇒ https://t.co/sADLCZaVaq #アメブロ @ameba_officialさんから
僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。アフリカは遠すぎて行けなかった。
新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットのプールで溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
旅も好きだが、旅行記も好きだ。この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。何よりも文章がうまい。奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、一気に読め、感動的でさえある。朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。
管理人マーキュリーマークからの伝言
上記は、ドリアン長野が令和二年に投稿した内容です。
令和六年にドリアン長野は親子でケアンズ旅行。
ブロガー版ドリアン長野のランニングな日々: ドリアン長野のインド旅行記 https://t.co/oFoBlUlthn
— ドリアン長野 (@duriannagano) September 15, 2019
ブロガー版ドリアン長野のランニングな日々: 実質的に完了した海外旅行記【夏が来れば思い出す】(タイ) https://t.co/h8F7sK6Mgu
— ドリアン長野 (@duriannagano) September 23, 2019
ランニングについての投稿
ブロガー版ドリアン長野のランニングな日々: ドリアン長野のランニングな日々 令和二年十月 https://t.co/9RpDExFD71
— ドリアン長野(紹介用) (@duriannagano) October 3, 2020
恋人たちの予感 https://t.co/3vf58erLuS 10キロを1時間内で走るには1キロ6分で走らなければならない。一流ランナーなら3分台で走る。
— ドリアン長野(紹介用) (@duriannagano) November 13, 2020
自己ベストは3年前(2017年)の52分。今の自分は彼らから見ると亀のような1時間6分前後。
来年は60歳。いつも挑戦するジジイになりたい。
ランニング(特に早朝)をすると
眠気がふっ飛ぶ
血液が循環する
走っている時は悩みを忘れる
デトックスになる
街中の新しい発見
脳から快感物質が出る
一日爽快感が続く
大阪城公園〜坐摩(いかすり)神社の紫陽花
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