2019年9月30日月曜日

旅行商品はお早めに

旅行商品は早めに予約しましょう。旅行する約二ヶ月以上前に予約して支払いを済ませる人はおられる。
旅行商品を販売する人は早めに提案すべきですし旅行者も決断したなら早めに支払いを済ませるべきです。
随分前に大まかだが知人の(仮名)イーストさんから「平成十年代の

ある日、書籍を読んだ影響でペルー旅行した。」と教えられ「凄い。」と返答しました。
国内旅行について発言したら「地元です。」と返答されるかもしれないが海外は例外な事が多い。

格安チケットであってもペルーへは簡単に渡航出来ない。
複数の観光地を紹介してる旅行代理店は一年が四百日であっても足りない位に提案しているので国内と海外の旅行商品の競争が発生している。

日本から南米のペルーへ行くには難しかったと思う。何らかの観光地の紹介を書籍でした後で提案する人はおられるかもしれない。旅行商品は早めに提案されてるが皮肉な問題が発生し実際に売れ残ると辛いに違いない。

敬具 管理人マーキュリーマーク

上海日記 1日目からの抜粋


年末まで十日しかないで。もうチケットは残ってへんで。
あったら奇跡(中略)
年末のチケットいうたら二か月前から予約すんで、フツー。
ラオスもミャンマーも直行便飛んでへんからなあ。一週間の休みやったら無理や。北京も駄目、上海は、おっ、あった。
あったがな、こんな時期に。早速、K君に電話する。
「奇跡は存在したで。上海行きあったで」
「えっ、本当にあったんですか」

令和元年9月第5月曜日の連絡

本来であれば第五月曜日ですので連絡は控えようと思いましたが二種類の連絡がございます。
前者はyahooブログが2019年12月にサービスを取り止めることからブログのサービスを業務としてる複数の企業がyahooブログの移行の提案をしておりまして自発的にブロガーで移行させただけでなくはてなブログも選びました。URLは後述するのでそちらでもお楽しみ下さい。 (令和元年十月から新規投稿予定)
後者ですが私ばかりかドリアン長野は不要かつ不毛な争いに関与したくありません。私とドリアン長野は平成24年に特定のホームページの紹介の取り止めを決断しました。平成25年以前に紹介を取り止めてもらいたかったが改善が行われてないのが現状なのをご理解下さい。

平成30年(2018年)以前にドリアン長野が旅した海外旅行記です。
最近、当ホームページを閲覧された方は ブロガー版ドリアン長野の海外旅行記のリンク集を閲覧してもらえると幸いです。
経年もあり海外で状況が変化したがゆえに現状と異なる部分は多くございますので皆様に影響を与える事が出来ても責任は取れませんので、 もしも海外旅行に行かれるなら訪問先の最新情報を得て可能な限り安全な選択をして下さい。
又、マラソンについてのエッセイも整理整頓しました。
ブロガー版 ドリアン長野のランニングな日々(マラソンの記録)

facebook.com/durian.nagano
もし、ドリアン長野が投稿した内容全てを知りたければフェイスブックで友達申請をした後にご確認ください。
2019年四月一日からはドリアン長野から依頼を受けるか特別な投稿でない限りは転載を控えます。
外国に行ったから海外の町について語れるという利点は存在し街中で外国人に出会った時に「あなたの母国に行ってきた。」 と発言が行えるかどうかの差異は大きい。過去と違って治安が悪化したり何らかの激変があるので各自で最新情報を得た上で海外旅行して もらいたいです。我々では海外旅行に行くか否かの相談は行えません。理由は各自で責任を持って決断する範疇だからです。
財政難が深刻化してるので日本を出国する時に出国税が平成31年(2019年)1月七日より課税されるようになりました。 海外旅行中の人に対しフェイスブックのタイムラインにワザワザ毎日書き込み詰問することが無いようにしましょう。 なぜなら、安全に関わるからです。
令和からは アメーバブログ版ドリアン長野でもお楽しみ下さい。
敬具 管理人 マーキュリーマーク


2019年9月23日月曜日

令和元年9月第四月曜日の連絡

今回は特別に連絡がございます。

ブロガー版においても画像は投稿しました。平成版令和版に分割したのは仕方ありません。
当初はドリアン長野がタイを旅行してる時に従業員から勘違いされ日本人扱いされなかったから冷やかす
もとい皆様に確認してもらいたかったのと2019年
12月にサービスを取り止めるyahooブログ上で投稿自体が行えなくなったのでブロガーでも投稿しました。
所が世界情勢が激変し笑うに笑えない状況が発生しました。
ドリアン長野が行ってきた外国全てについての論評は半ば無理なので選ばせてもらいます。
トランプ大統領が決断した米国とメキシコの国境沿いに壁を建設する計画、マレーシアの殺人事件、
ミャンマーの内戦、香港の騒乱といった具合です。
皆様、海外旅行は貴重な機会ですので悪質な自由妨害は辞めましょう。フェイスブックのタイムラインに毎日書き込み詰問するのは海外の犯罪者達への連絡につながるから辞めましょう。そういった悪事を躊躇しない人物は信用が喪失します。

以下は抜粋です。
インド人街のパフラット市場(ここにあるハンバーガーショップに入り、椅子に座ったら店員がヒンズー語のメニューを持ってきた。 どうせ私はインド人並みに顔が濃いわよっ!キィーッ!)


#8 クロントゥーイ市場 【バンコク】






平成30年(2018年)以前にドリアン長野が旅した海外旅行記です。
最近、当ホームページを閲覧された方は ブロガー版ドリアン長野の海外旅行記のリンク集を閲覧してもらえると幸いです。
経年もあり海外で状況が変化したがゆえに現状と異なる部分は多くございますので皆様に影響を与える事が出来ても責任は取れませんので、 もしも海外旅行に行かれるなら訪問先の最新情報を得て可能な限り安全な選択をして下さい。
又、マラソンについてのエッセイも整理整頓しました。
ブロガー版 ドリアン長野のランニングな日々(マラソンの記録)

facebook.com/durian.nagano
もし、ドリアン長野が投稿した内容全てを知りたければフェイスブックで友達申請をした後にご確認ください。
2019年四月一日からはドリアン長野から依頼を受けるか特別な投稿でない限りは転載を控えます。
外国に行ったから海外の町について語れるという利点は存在し街中で外国人に出会った時に「あなたの母国に行ってきた。」 と発言が行えるかどうかの差異は大きい。過去と違って治安が悪化したり何らかの激変があるので各自で最新情報を得た上で海外旅行して もらいたいです。我々では海外旅行に行くか否かの相談は行えません。理由は各自で責任を持って決断する範疇だからです。
財政難が深刻化してるので日本を出国する時に出国税が平成31年(2019年)1月七日より課税されるようになりました。 海外旅行中の人に対しフェイスブックのタイムラインにワザワザ毎日書き込み詰問することが無いようにしましょう。 なぜなら、安全に関わるからです。
令和からは アメーバブログ版ドリアン長野でもお楽しみ下さい。
敬具 管理人 マーキュリーマーク

2019年9月21日土曜日

令和版 画像

画像 令和元年五月



ドリアン長野のカンボジア旅行記 


カンボジアで下痢をした後、大学中退に至った旅行記です。  
抜粋 

カンボジア~ その1 

「い、いっでぇ~っ!」  腹痛で目が覚めた。時計を見ると、まだ朝の5時前だ。シェムリアップのホテルでついに下痢に襲われてしまった。
(中略) 私は当時、夜間大学に通っていたのだ。何日間かは薬を飲んでいたのだが、ある日、下痢が再発し講議を休んだ。しかし、その日は期末試験が行なわれていたのだったぁ~っ。知らなかったんだよぉ~。大事な必修科目を落とした私は結局、大学を中退することになってしまったのだ。ううっ、カンボジア~。 

カンボジア~その2 

ずっと頭を洗ってなかったのでシャンプーを買いにコンビニに行った時も、5ドル(!)もしたので30分迷って結局、買うのをやめたくらいだ。(頭がかゆい) ドンムアン空港の出国税は250バーツ(現在は500)。出国審査を終えるともう外国の通貨は必要ない。手持ちのお金を日本円に換金し、この時点で所持金が1000円と9ドルと5・5バーツ。なんとか帰国して自宅にたどり着いた時の所持金は1133円だった。 


そんなに散財したつもりはなかったのに、所持金がほとんどないことに遺跡の中で気がついた。 

カンボジア再び その2 

独立記念塔からノロドム通りを三キロほど北上するとワット・プノンという寺に突き当たる。この寺は十四世紀末にペン夫人が建立し、それがプノンペンという名前の由来となった。 


プノンペン滞在の最後の日。午後にはバンコク行きの便に乗らなければならない。もうこの国には再び来ることはないかもしれない。
(中略) この「キャピトル」にたむるする連中は重い沈殿物の如く怠惰で人生の貴重な時間を無為に食いつぶしているように思えた。
 

 カンボジア再び その4 

頭上に大きな盆をのせ、そこにピーナッツの袋を山ほど置いた物売りの少女が入ってきた。テーブルの間をまわりながら声をかけてゆく。 


そして元高校の校舎を転用したトゥールスレン博物館。かつてポルポト政権下に約二万人が収容され、生還できたのはわずかに六人だけだという。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

海外旅行中に病気になると単純に困るだけではなく貴重な時間を無駄にするばかりか高額な治療費が必要になるとされてますので旅行前にお薬を用意するだけでなく海外旅行保険に加入しておきましょう。一部の医学生や国際大学の学生は海外留学が必須なようなので例外としても学生の本分は学業ですので病気については考慮して下さい。 日本では見かけない風景や現地でしか楽しめない名所は存在しますが海外旅行の際には数多くの生活必需品を携行する必要があるばかりか旅費は安くなく高値です。政治には厳しい目を向け多くの人が行える投票によって意思表明をすることは重要です。 
ペン夫人が作ったプノンペンは内戦を乗り越え今も発展してるようです。
蛇足かもしれませんが、私が行ってきたカナダのバンクーバーは本当にジョージ・バンクーバーさんが探検したから命名されました。


ビルマの休日(ミャンマー)は長編です。私は皆様にミャンマー旅行の推奨は出来ません。 

 抜粋 

 ビルマの休日 その1 

「ハァ,ハァ、ハァ、関空までフルスピードでお願いします。そ,その前に郵便局に寄ってください」 年輩の運転手さんは猛スピードで高速道路を飛ばし、俺が乗る予定だった空港バスを追い抜いた。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

パスポートばかりかビザ等は海外旅行前に余裕を持って所得しましょう。私は平成27年の夏にパスポートを所得した後、海外旅行代理店に赴き支払いを済ませ、秋にカナダのブリティッシュコロンビアを旅行しました。パスポートの所得は国内旅行をしたような苦労がありました。猛暑の中、目的があるとはいえども隣町に赴き色々な手続きを済ませるのは大変でした。世の中にはそういった過程においては役所に訪問するのではなく郵送で済ませる人がおられるそうです。 旅先を決めるのもそれなりに考慮しました。友人が住んでる町に行きたいと考えてましたが向こうも忙しいようなのであえて避けました。乗り換え便に長時間必要な点について否定的な見解を聞いた事があったので関空直行便で行ける町を選びました。経由する町が直行便で行ける町だったのです。 私がカナダ旅行した時はビザは不要でしたが実質的なビザに匹敵すると言っても過言ではない制度が導入されました。
カナダへ行くにはeTAこと電子渡航認証(Electronic Travel Authorization: eTA)の申請が義務化されました。もしも、海外旅行をされるなら各自で最新情報を調べて下さい。 
空港に行く時間も同様に早めに赴くのは良いにしても、遅刻しないようにしましょう。 蛇足かもしれませんが、ミャンマーへのビザは2018年10月1日から2019年9月30日入国分迄は幾つかの条件が存在するが免除されるらしいです。
しかしながら、皆様の中でもしも、ミャンマー旅行をされるなら各自で最新情報を調べて下さい。やはり、紛争が激しいと警戒され相手にされなくなります。その後、悪事が表面化するとより状況が悪くなります。否定されるような悪事をした後で悪事を繰り返すと国際的に信用が喪失します。 

抜粋 

ビルマの休日 その2

ヤンゴンでの第一泊は京都でいえば京都タワーのような、街歩きのときの目印になるスーレーパゴダの目の前のゲストハウスに泊まることにした。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

日本にいる間に宿の予約を済ませてから旅行されてはいかがでしょうか?半ば周知されてますが、いわゆるフリープランを選んでおくとお気楽です。フリープランですと往復の交通費と宿泊費が含まれた金額になってます。周知のように航空会社、ホテル、保険会社はそれぞれ各社毎にインターネット等で、営業活動されてます。人によっては各社に依頼されてるかもしれませんが旅行代理店を選んでも悪くはありません。航空券や空港からホテルの送迎バスの料金や出国税等を一括してくれるフリープランは良い提案です。海外旅行案内書で紹介されてる名所や名店に行きやすいし個人的に赴きたい施設(教会)等があっても気兼ねなく赴けます。全く逆に高値になりますがパッケージツアーを選ぶ人もおられます。 

抜粋

ビルマの休日 その3 

歩いているとひっきりなしに、「ハロー、チェンジマネー?」と声がかかる。通貨のチャットと同じくらい米ドルが流通しており、しかも外国人旅行者はホテル代や鉄道料金等は米ドルしか使えない。しかし注意しなければならないのは、ミャンマーでは古びたドル紙幣は受けとってくれないことだ。少しでもよれよれのドルを渡すと、「交換してくれ」と言われる。帰りに空港で出国税の十ドルを出したときにも職員に「新しい紙幣と交換してくれ」と言われ、たまがった。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

可能であれば日本国内で外貨に両替しておきませんか?為替差損が発生する恐れはありえますが現地での貴重な時間を削減する必要はありません。ミャンマーチャットは日本ではあまり流通してないそうですが米ドルは利用出来るそうです。また、出国税は日本国内でも支払いが求められるようになったばかりか海外でも請求されるので各自でお調べ下さい。 

抜粋

ビルマの休日 その4

三時間で市内を一周する環状線に乗ってみた。外国人は乗車券を購入する窓口が違っていたり、パスポートの提示を求められたりとややこしく、おまけに料金はミャンマー人は二十円だが外国人は1ドルである。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

公共交通機関の支払いで現地在住の人か外国人かで料金が違う場合があるようです。私が利用したバンクーバーのトランスリンクはそういったことはございませんでしたし私は単純に一日乗車券ばかりを購入し利用してました。それを保有してると水族館の入場料が割引になることを知ったのは日本に帰国してからのことでした。それはともかく、延伸等もあるので公共交通機関についても各自で最新情報を得るようにしてください。 
一例。バンクーバー・スカイトレインのミレニアム・ラインは2016年にバーキトラム駅からラファージ湖ダグラス駅の延伸を果たした。


抜粋


対面式の座席の後部には縄が張ってあり、その内側には制服を着た人相の悪い輩が四、五人座っている。一人は車掌であとは警察と軍の関係者らしい。乗客の安寧を保つためだそうだ。
(中略) 女の子は右手を差し出した。商談成立だ。五千チャット(五百円)渡すと、 「あなた、かわいいね」と言われた。きみにかわいいと言われてもな~。
 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

昨今、日本国内において電車内の治安が悪化してるように思えてきます。2019年某日に某私鉄に乗ってる時に外国人相手に乗り換えの説明を英語でしてるだけで妨害してくる日本人がいて同じ日本人として嘆かわしかったです。万が一の時には電車後方にいるとされる車掌さんに伝えて対応してもらった方が良いそうです。乗客の安寧を保つためにも日本国内でも同じ様な行動が必要ではないでしょうか?

抜粋

ビルマの休日 その6 

ああ、ビルマの子供 アジアの子供たちよ 観光地では物売りの女の子が同じ絵はがきを二ドルで売っていた。やっぱりまたボラれてた。 

 管理人 マーキュリーマークからの伝言 

海外で買い物をするにしても必要な商品とそうでない商品は区分けして考えた方が良いです。企画が違うかもしれませんが日本の方が安価な商品が多かったりしますからね。一方で物売りの女の子が売ってる商品は普通は買う気が無いと思います。こういったやり取りを読んだ後は、不条理な請求を断るようにしましょう。カナダの風景を撮影してた時に私に文句を言ってきたカナダ人がいて別のカナダ人があれこれ抗議をしてたが依頼してないのにお金を請求してきたから無視をして立ち去ったことがありました。安全にホテルに戻れて良かったです。 

抜粋

ビルマの休日 その7 

ミャンマー人は温厚で親切で素朴な人が多いと思う。道を尋ねた人が英語がわからなくても、わかる人をどこかから連れてきてくれるし、何かを買ってお釣りをごまかされたということもなかった。それでも人を騙してあぶく銭を稼ごうとするよからぬやつはどこの国にもいる。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

フリープランを選んでしまうとこういった責任が発生するかもしれませんが仕方ありません。しかしながら、海外旅行案内書を読んでおくと目的地が明確なので困らないのかもしれません。無論、タブレット等も必要になってきますがそれはインターネットが利用出来る環境かどうかが問われます。 

抜粋

ビルマの休日 その8

チャイティヨーパゴダというのは別名、ゴールデンロックといって、金箔を張りつけた巨大な岩が山頂の崖の端に落ちそうで落ちないという微妙なバランスで鎮座しているというミャンマー人が一生に一度はお詣りに行くパゴダである。行くつもりはなかったのに、何だか行くはめになってしまったのはこれも仏様の導きか。早朝六時にタクシーに乗り、五時間かかって山のふもとに到着。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

あえて、MTT(ミャンマー国営旅行社)に勤務してないと思われるミャンマー人がドリアン長野に提案した会話のやり取りは本文を読んでもらいたいので割愛します。 それはともかく、赴くのが難しい場所は存在してますね。日本よりも広大な面積を保有する国は数多く存在してます。私にしたら日本から太平洋を越えてカナダに到着するのが大変だったのを連想します。 

抜粋

ビルマの休日 その9 

「ふっ、やる気のないやつらだぜ。日本人のど根性を見せてやるわっ!」と張り切って登り始めたのだが、鬼のように勾配がきつい。一時間あれば山頂に着くらしいのだが、そんなことのできるやつは誰なんだ。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外に赴くと日本とは規格外の山道が存在するようです。
他にも危険な体験をする人はおられます。
私はカナダで高さが27.4メートルのグランビル大橋を夜に歩いたので、そのことを現地の在外邦人の帰りのバスの運転手に伝えたら驚かれたのを連想します。谷瀬の吊り橋の半分の高さとは言えどもそれなりに恐怖でした。(笑) 

抜粋


境内には何百人という登頂者がまぐろのように息も絶え絶えに横たわっていた。まさに野戦病院さながらである。気持ちはわかるぞ、同志よ。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

険しい山道を登った後、苦しんでた人々がおられたようです。私も過去に同じ様な状況をカナダのバナクアことバンクーバー水族館で見ました。 時差ボケで苦しんでるたくさんの日本人観光客達がバナクアの休憩所で苦しんでたのです。あれは凄まじい状態でした。これも海外旅行ではよくあるお話なのかもしれません。 

抜粋

ビルマの休日 その11 

実はミャンマーに来て一番よかったと思える瞬間がこの時だった。私はきっと十年後もこの時のことをまばゆいほどの星と月とともに懐かしく思い出すに違いない。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

平成18年に執筆したミャンマー旅行記について平成28年に連想したかどうかはドリアン長野に直に質問しないと分からないです。それはともかくとしても乗り物ですが安心感は必要ですね。星空がキレイだけではいけません。乗り先については把握しないといけないのです。電車もそうですがバスについては移動先が不明なことが多いから前もって調べるようにしましょう。余談かもしれないが近鉄電車の場合は有料特急に間違えて乗ってしまうと大変です。詳しくは各自でアーバンライナーについて調べて下さい。 

抜粋

ビルマの休日 その12 

どうやら違う路線に乗ってしまったらしい。今晩は野宿かなと思っていると、しばらくして終点に着いたらしく、みんな降りていく。さて、どうしたもんかなと、とりあえずにぎやかそうな方向に歩いて行ってみる。そこはゲストハウスと看板が掲げられていて、一階はゲーセンになっている建物だった。入口に立っている若者に聞いてみると、なんだかんだと他の若者が集まってきて協議を始め、近くのホテルにバイクで送ってくれることになった。 
(中略) チョウチョウさんは東京の寿司屋や喫茶店や居酒屋などで十年間働き、その時に貯めたお金で友だちと十年前にこのホテルを建てたそうだ。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外旅行中に同じ様な体験をした人は多いと思います。私もしました。バナクア(バンクーバー水族館)で楽しんだ後、バスに乗車した後で降りる場所を間違えてしまったので運良く在外邦人に出会ってホテルへ行く道を伝えてもらって無事にホテルの自室に到着して熟睡し事なきをえたのを連想します。 

抜粋

ビルマの休日 その13 

朝食をとるためにダイニングに行くと、昨夜の日本人カップルがいた。彼らも道に迷ってこのホテルに連れてこられたそうである。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

違うかもしれませんが、日本人が迷子になった時の為のホテルがミャンマーでは用意されてるようですね?
矛盾してると思わないでもらいたいが私はカナダの朝食は夕食のように思えました。
理由は時差が夏時間は16時間の都合でカナダのバンクーバーの朝食の時間が日本の午後11時だったからです。 
16+7=23 
ちなみに冬時間は17時間の時差です。 17+6=23 

抜粋

ビルマの休日 その14

ホテルの裏にある小さな丘を越えると、そこには様々な施設があった。男女別の寄宿舎はもちろん、規模は小さいけど図書館や運動場や娯楽室や医療室や調理場など。大きなかまどのある調理場では子供たちが朝食を作っていたし、明日がイギリスからの独立記念日だということで遊戯場のような所で小学生がダンスを練習していた。 「この教室は日本政府と民間団体からの寄付で2001年に建てられました。寄付金が一番多いのは日本です」

管理人 マーキュリーマークからの伝言

日本の財政難は深刻なので増税が予定されてるから海外への資金援助は今後は減額されても仕方ないでしょう。それはともかく、英国から独立した国々は多いですね。 

抜粋


チョウチョウさんは十年間海外で働いていたことによって、今の軍事政権下では再び出国するのは難しいらしい。というか、私には政権が変わらない限り不可能なことのように思えた。「あっ、バスが来ました」  チョウチョウさんは手を上げてそのバスを止めた。バスといっても大型トラックを改造したものだ。車内は人が鈴なりになっているので、窓わくに足をかけて屋根にあがる。そこには既に学生や茶店の商売道具を抱えた少年たちが十人ほど座っている。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

バスの運転手さんにこのバスで目的地に到着が行えるかどうかについて日本だけでなくカナダで質問したのを連想しました。 民主主義と軍事政権は大きな違いがございますね。 

抜粋

ビルマの休日 その16 

今日はイギリス植民地からの独立記念日だ。 「今の二人には確かなものなど何も無い 偶(たま)には怖がらず明日を迎えてみたいのに」 旅をする気持ちに少し似ているかもしれない、と思う。もうすぐ夜が明ける。(終わり) 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

始まりが終わりで終わりが始まり。矛盾してるかもしれませんがそういったことは存在してます。ビルマの休日(ミャンマー)は長編です。私は皆様にミャンマー旅行の推奨は出来ません。ドリアン長野は平成18年(2006年)にこの旅行記を発表しました。現地の方々は親切かもしれませんが、軍事政権について否定的な人々は多いのではないでしょうか?平成19年(2007年)には日本人が殺害されたばかりか平成28年(2016年)にはミャンマー国内で問題を発生させました。これらの状況についてご勘案ください。海外旅行に行くのは貴重な機会です。現地では非常識な人に出会う事もございます。それらを軽んじた上でフェイスブックのタイムラインに毎日、詰問する日本人がいてそれは悪事に他ありません。「誰に対して連絡をしてるか?」についての理解が無い人物は間違えてます。ストーカーは否定されてるがそれについて認識してない錯乱した人の相手は行えない。
 皆様、頼まれて無いのに海外旅行中の人に対しフェイスブックのタイムラインに毎日詰問することが無いようにしましょう。ユスリが目的かもしれませんがストーカー行為でもあり旅行者の安全に関わるからです。平成十年代と違ってその問題が2010年代になって発生してます。警戒してください。  後日、ブロガーにおいては平成版と令和版を区分けして発表する予定です。今回はgooブログ版のみ先行して発表します。

敬具 管理人 マーキュリーマーク
追記
お待たせいたしました。お楽しみ下さい。
令和元年9月



画像 令和元年六月

ドリアン長野の香港旅行記

ドリアン長野は英国統治時代の香港ばかりか中国返還後の香港にも旅行したそうです。 香港旅行記は幾つかに分割されてますが、チョンキン・マンション編と香港の散歩編で大別します。 

抜粋

チョンキン・マンション 

チョンキン・マンションという名の安宿が香港にあるということは知っていた。が、まだ泊まったことはない。香港には返還前にツアーで行ったことがあるだけだ。 

チョンキンよいとこ一度はおいで

チョンキンでの最初の宿はA座7階にある「ウエルカム・ゲストハウス」に泊まることにした。ガイドブックで紹介されているせいか、日本人宿泊客が多い宿だ。

 チョンキンの夜は更けて 

「この時計イケてねー」「もっと安くしろー」と散々ごねる私にとうとうキレたのか、「あんたの欲しい時計なら外で売っている」と通りに追い出された。仕方ないから、露店で売ってる一個30HKDの時計を買ったね。  
「えーっと、いくらだっけ?」と店のオヤジに聞くと、「199(HKD)だ」と言うので払って出てきた。近くの通りにある「スタバ」でぼーっとしていると、はっとした。待てよ、199いうたら、めちゃめちゃ高くないか? あわててレシートを確かめてみると、99HKDになっとるやんけ。あーっ! やられたーっ! 100ぼられたやんけーっ!けど、 わっかっとる、悪いのはこのおれやあっ。おれがあほやったんやあー。騙されたんが悪いんや。今からその店にねじりこみに行ってもレシートに書いてあるさかい、どもならんわ。しかし、腹立つからその店の名を書いておこう。チョンキン二階にある「マハラジャ・プロビジョン・ストア」だ。オヤジのインド人は大きいことはできなさそうな、小ずるくて小心者の貧相で女には絶対もてそうもない顔やったでー(小学生か)。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

チョンキン・マンションを読んでの感想ですが香港が英国に統治されてた時代の旅行記は平成十年代には発表されなかったが中国返還後の香港旅行は発表されました。 日本人観光客の利用者が多いホテルは良い宿だとは思いますがやってくる日本人観光客が他人に迷惑をかける恐れについては考慮して下さい。夜間に何度も扉を開閉させ議論したり宿の受付で叫ぶ老女はいた。(*1) 
腕時計は日本で正規品を買うようにして海外で偽造された商品の購入は辞めましょう。正規品を買うにしてもカナダでタイメックスかスイスで高級品かタイでカシオ等の限定されてる状況でないと推奨出来ません。(*2) 
香港のマハラジャ・プロビジョン・ストアでは過剰請求が行われたそうです。

*1 私は海外はカナダに渡航したのみですが日本人観光客の無礼者がいたので閉口しました。ま、国の内外を問わずに非常識で短気な日本人は増加傾向か? 

*2 カナダのロンドンドラッグ(店名)でタイメックスのお買い得品が販売されてます。以下はやや適当ですが、スイスの腕時計の中には超高級品が存在してるだけでなくチープカシオ(俗称チプカシ)がタイランドで製造されてるのは周知されてます。

香港の散歩(芸能人ではありません)

海外で何が一番楽しいかというと、言うまでもなく散歩である。私の場合はガイドブック片手にうろうろするので純然たる散歩とはいえないが、それでも右手に路地があれば入り込まねば気がすまないし、左手に面妖な物売りがいれば声をかけるのにやぶさかではなし、前方に小汚い食堂があれば満腹でない限り入ってみるのである。ただし、歩くのは速い。

続 香港の散歩(芸能人ではありません)

まずは中環(セントラル)に行ってみる。地下鉄から地上に出てみると、おおっ、そこはロンドンのシティかと見まがうほどにエリートビジネスマン&ウーマンが闊歩する香港経済の中心地であり、おされな地区である。 

続々 香港の散歩(芸能人ではありません)

油麻地(ヤウマテイ)駅から上海街を南下していくと一気にディープな中華街になってきます。右に左に仏具屋や雑貨屋や線香屋なんかがあって、正真正銘、由緒正しきチャイナタウンという感じです。 そういえば、空港に着いたときにパンフレットを配ってましたが、それには5月1日から9日は特別に花火の打ち上げをやりますと書いてありました。ああ、この期間中に香港に来れてよかった。これでいつ死んでもいいわと思いました。マジで。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

散歩は国の内外を問わずに行うと体が鍛えられるばかりか
土地勘も作られますが屋外でガイドブックを読む行動は周囲に「私は日本人です。」と知らせる行動なので海外の犯罪者に狙われる恐れから宿(ホテル)で大雑把な場所を記憶してから移動されてはどうでしょうか?
始めて訪問した街を見て過去に訪問した町と比較することも海外旅行の楽しみの中の一つです。私は見る風景全てが日本とは大違いであったレインクーバーを今でも連想します。 チャイナタウンは兵庫の南京町も有名です。在外邦人のバスの運転手さんも治安が悪いと発言されてたからばかりかガイドブックでも否定されてたので私はレインクーバーのチャイナタウンは行かない決断を下しました。 空港(YVR)で入国手続きを済ませた後、優しい観光案内の人々がおられ色々な会話をした後で予約したホテルの地図のパンフレットを受け取ったが無意味で申し訳なかったです。
旅行中の別の日に南海空港線のようなカナダラインを利用しましたが海外旅行代理店が企画したフリープランに空港からホテル並びにホテルから空港への送迎バスのサービスが含まれてるのを私は認識してなかったので阪急のように3路線運行してるトランスリンク(メトロバンクーバーの公共交通機関)の空港連絡鉄道(カナダライン)に乗車するつもりでしたがお迎えの人がやってきてました。 
平成十年代以降は花火等の催事の案内はインターネット上でも告知される時代になりました。 

チョンキンマンションを振り返って 平成29年3月

金曜日の夜11時にNHKでチョンキンマンション特集を懐かしいな〜と観ていると、5歳の宵っ張りの娘が「パパ〜〜、遊んで〜〜、カルタしよう〜〜」 
「ちょっと待って、これを観終わってか…」 
「パパ〜〜!遊んで〜〜」 
「もう少しで終わるか…」 
「遊ぼう〜〜!」 
あ”〜聞こえない〜、お前は獅〇座なおか〜〜」 録画しててよかった。


抜粋  

北京の床屋

しかし、調査があまり進行しすぎると危険なことになるような気がする。その時は腕に覚えのあるカラテで大声を出して逃げればいいだろう。 

続 北京の床屋 

1時を過ぎているのに年配の客が一人、入ってきた。(なぜ1時に髪を刈りに?) 料金はマッサージが100元、シャンプーが100元、カットが50元。それを230元まで値切った。今回、多額の調査費を投じて私が得た物は中国式ヘアカットと、北京の床屋は健全な床屋だったという事実だ。
諸君、北京に来たら安心して調髪してもらえよ。

管理人 マーキュリーマークからの伝言

厳密にはちょっと違う町が紹介されてるかもしれませんが、実際に行ってきた海外の町が紹介されるテレビ番組を見ると感動の度合いが違ってきますね。
平成十年代と違って平成20年代に父親になったドリアン長野は娘と一緒にテレビを見てました。 海外政府が行ってる行動とその国家にお住まいの方々とは別だと考えて海外旅行に行かれる人も多いとは思います。当ブログは海外旅行記をメインにしてますが決して海外旅行記ばかりを発表してる訳ではありません。今回、特別にドリアン長野が執筆した北京旅行記の抜粋と感想文並びに中国についてのエッセイを同時に伝達します。 実はエラーが発生した影響で大幅に投稿内容を見直した上で再投稿致しました。 皆様、北京へ訪問したと言っても政治ではなく脱力した観光もあります。国の内外を問わずに夜間の外出が不可避な時はございますので気をつけましょう。予想がつく人は多いとは思いますが午前一時に散髪と午後一時に散髪は大違いです。外国で散髪してもらうより日本で散髪を済ませてから出国するか外国に到着した後は在外邦人に散髪してもらっても悪く無いかもしれません。外国人が散髪をすると日本とは違い言葉の壁ばかりか技術的な問題も存在してるようです。 日本であれば大体の金額については予想が行えても海外では支払いについての見積は重要です。海外旅行をした後で日本国内の景品表示法の存在が大きいのを認識する人は多いに違いないです。 
カナダのピザ屋の扉に張り紙で3 for $5と印字されていても当初は何かは全く分かりませんでした。個人的にピザは一枚毎(単品)に買う事に慣れてるので「ピザが3枚5カナダドル。」ということは全く予想外でした。実際には紙袋代が25セントみたいで$5.25でした。日本の中華料理店で餃子を買う時に容器代が請求されるようなものですからそれくらいは仕方ないでしょうね。実質的にピザ一枚$1.75になるのかな? 各自で海外旅行案内書等を読んで現地の物価等については調べて下さい。日本のように消費税が存在してる外国は存在し税込価格と税別価格が日本と同じように混在してる外国は存在してますので支払いはちゃんと行いましょう。 解釈が難しい時はあるが料金を店側が表明してるならまだしも、価格が日本人か否かで変動するのは好ましくありません。 

 NO70 反日デモと民主主義 
 at 2005 04/27 22:31 編集 

中国各地で反日デモが出来しているが、事件をテレビや新聞で目にするたびに私は文革を思い出しては「中国は民主主義社会である」との意を強くする。矢吹晋氏の「文化大革命」(講談社現代新書)には「スターリンの粛清が秘密警察を用いた国家テロであったのに対して、文革は大衆独裁という大衆によるテロであった事実に注目する必要があろう。ここでは中国共産党の誇る大衆運動は大衆操作に堕落し、ついには大衆テロに堕落したのであった」とあるが、これは民主主義というイデオロギー以外の何物でもないではないか。文革、学生の民主化要求デモ、そして反日デモに至るまで民主主義は連綿と継承されてきた。ちょっと待たんかい、なんで民主主義社会で民主化要求デモがあんねん。それに天安門事件はどないやっちゅうねん。人民がぎょうさん殺されとるやろ。人権はどないなっとんねん。と言う人もいるに違いない。それはまだ中国が未熟な民主主義だからだ。共産主義に至る第一段階の社会主義みたいなものである。だとすれば、民主主義後進国である中国が日本やアメリカのような民主主義先進国を目指せばいいのか。もし仮にある国家が民主主義を採択し、どんどん人権思想を発揚し徹底していけば、それはファシズムにならざるをえない。何となれば、民主主義はファシズムだからである! 「ヒトラーは(略)『民主主義の大洪水』をひき起こしたのである。これを人々はナチズム(あるいはファシズム)と呼ぶ。しかし、その正体はなにかと言えば、フランス革命以来一貫してかわらぬ、あの『抑制のないデモクラシー』にほかならないのである。(「民主主義とは何なのか」 長谷川三千代 文春新書) 

カンボジアでのポル・ポトの大虐殺は文革がなかったら起こりえなかったかもしれない。少なくとも文革に影響されたことは確かである。民主主義・人権思想の持つ、差別を撤廃し全てを均一化するという情熱はポル・ポトの蛮行につながっている。虐殺があったから民主主義を再検討しようということにはならない。逆に民主主義・人権思想を徹底しようということになるはずだ。中国がチベット人に対して行っているのは紛う方も無く人権侵害である。しかし人権というものは恣意的な概念であり、制度に過ぎない。フランス革命の人権宣言には「国民議会は、至高の存在の面前でかつその庇護の下に、つぎのような人および市民の権利を承認し、かつ宣言する」とある。ここに「至高の存在」とあるように、人権宣言は宗教的な儀式であった。神(もしくは神のような存在)から承認された権利(!)であり、人間に賦与されているものではないのである。人権を人類普遍の真理だとするのはまやかしであり、そうと思い込むのは錯誤でしかない。チベット人への人権侵害をやめろ、と人は言う。これは現代の人権思想への儀式を求める鬨の声なのか。全てを人権へと収束しようとする儀式への。人権を持ち出せばチベット人は救われることはない。何度でも言う、人権というのはイデオロギーだからだ。 過去、イギリスは清にヤクザ同然のやり方で戦争をしかけ、多額の賠償金、治外法権、関税自主権の放棄、最恵国待遇条項の承認と上海、広東等を開港させ香港を租借地にしたが、それに対して中国が賠償を求めたとか反英デモを行ったという話は寡聞にして知らない。これは日本への差別ではないのか。今回の反日デモは別の意味で民主主義のあり方を問うべき事件であると私は思う。 

NO75 「美味しんぼ」と人道主義 
at 2005 06/09 18:54 編集 

「美味しんぼ」(作・雁屋哲 画・花咲アキラ)91巻の第6話(“焼き”の深さ)は東西新聞の文化部に配属された記者の話である。彼はインドネシア・スマトラ沖地震に対しての民間の義捐金が少ないことに義憤し、紙面で被災者救済を直接訴えることができる政治部か社会部に転属させてくれとごねる。山岡士郎は文化の重要性を説くためにこう言う。 「ある日本人が、いまだに第二次大戦中のことで、日本を非難し続ける中国人に尋ねたことがある。どうして日本よりもっと長い間アジアを植民地にしていたイギリスを非難しないのかと。彼は答えた。イギリスはアジアを植民地にして収奪したが文化を与えてくれた、だが、日本は奪うだけで文化を何も与えてくれなかった、その違いだと。」 それほど文化というものは重要なものだと山岡は言うのだ。恐ろしい論理である。イギリスの上流階級に広まった喫茶のために清から大量の茶等を輸入し、その輸入超過を是正するために阿片を売りつけていたが、それを拒否した清に戦争をしかけたのがアヘン戦争だ。これはまごう方無い侵略戦争である。その後のアロー戦争も同様だ。これにより支那への支配が始まったのだが、しかしこんなことはイギリスが文化を与えたことによって免責されるのである。喫茶という貴族階級の文化を維持するためには何人もの清の人間が廃人になろうが仕方ないとでも言うのだろうか。原爆投下による大量虐殺もアメリカ文化を与えられたことによって相殺されるということになる。それならば日本による朝鮮支配もインフラや教育という文化を与えたことによって不問に付されるはずである。しかし雁屋氏は「美味しんぼ」や「日本人と天皇」(いそっぷ社)といった著作の中で滔々と日本を一方的に断罪し、他のアジア諸国を単純な被害国として描くのみである。 

 「美味しんぼ」76巻の「中華と中国」は支那そばという店名に憤慨する支那人の話である。支那というのは蔑称であるから中国と呼べ、というのが彼らの主張だ。実は支那というのは蔑称でも何でもなく、むしろ支那という名称を廃止せよと強要していることが日本に対する差別であるということが評論家の呉智英や支那文学者の高島俊男といった識者によって明らかにされている。この名称問題は靖国神社参拝や歴史教科書問題につながっている。以下は小泉局長と山岡の会話である。

小泉 「事は簡単だ、支那という言葉がどんなにいい言葉であろうと、蔑称ではなかろうと、相手がいやだと言うことは、やめればいい」

山岡 「おっしゃる通りです、相手がいやだと言うことはしない。これは人間同士の間でも、国と国との間でも、同じことじゃないのかな」
中国の日本に対するバッシングは国内問題から目をそらせ、人民を極端な国粋主義(ショービニスム)に転化させる政治的意図であるというのは周知の事実だ。日本は中国のサリーおばさん(Aunt Sally;年増女の木像の口にくわえさせたパイプに棒を投げて落とす遊戯。転じて不当な攻撃の的)なのだ。それであるから、中国は日本がどんなに賠償金を支払っても謝罪してもどこまでも許しはせず、口実を作って責め立てるのは明白である。中国が東シナ海という呼称がいやだからと言えば、それを改称するのか。歴史教科書は捏造であるから不快だと言えば、中国の都合のいいように書き変えるのか。チベット人の虐殺を明るみにするなと言われれば、唯々諾々と従うのか。北朝鮮が日本が拉致問題についていつまでも拘泥するのは不快だと言えば、追求するのをやめるのか。雁屋氏のアジア史に対する見解は単純で楽天的であるが、歴史観と人道主義が結びつくほど恐ろしいものはない。

特別にご連絡

来月は長編の上海旅行記のみとさせていただきます。再来月はタイランド旅行記並びにインド旅行記で最終回です。今回は特別にエッセイも紹介させていただきます。 
エッセイの感想ですが日本には日本の主権があります。健康で文化的な生活の維持は重要視されてます。厳しい社会です。中国で放射性廃棄物が多く排出されるレアアースの抽出が行えてるのは法規制が緩いからです。政冷経熱なのはそういった事情もございます。無秩序なようでいて恐ろしい決断を下してるから得られる利益は存在してます。 
1925年6月23日に中国広州の沙基という通りで反英デモ隊に英軍は発砲して多くの死傷者を出した前例があるそうでドリアン長野は知らなかったようです。 

敬具 マーキュリーマーク


画像 令和元年7月

ドリアン長野の上海旅行記 

上海旅行記は大別して二種類に分割されてるばかりか長編です。一人旅か否かで大違いです。 


管理人 マーキュリーマークからの伝言

紹介する順番ですが意図的に前後させてますが、ご了承ください。

抜粋


飛んで上海


夜の8時に上海虹橋空港着。飛行機の中で今夜泊まるホテルを決めていたので、予約しようとうろうろしていると、「タクシー?」 と小説家の猪瀬直樹にそっくりの男が寄ってきた。 「○○ホテルに泊まりたいんだ」と言うと猪瀬は「知ってる」と言う。ああ、いつもならそんな手口には乗らないのだが、なぜか猪瀬の後をのこのこと付いて行き、タクシーに乗った。助手席には別の男が乗り込んできた。アジアではこういう事はよくある。タクシーを私用に使うのは日常茶飯事、勝手に友人や家族を乗せたりするので私は気にも止めなかった。猪瀬の相棒が高級そうなホテルのパンフレットを差し出す。  「○○ホテルは古くて部屋も狭い」  案の定、タクシーはパンフレットの高級そうなホテルの前に着いた。 「この野郎~」と思ったが宿泊費を聞くと、そう高くはない。夜も遅いし、この高級そうなホテルに泊まることにした。ボーイに案内されて高級そうな部屋に入ると猪瀬たちも付いてきた。ボーイが出て行くと、猪瀬が両替しないか? と言う。レートを尋ねると銀行と同じなので1万円換金することにした。これで用は済んだと思ったが、極悪人の猪瀬はその後、信じられないことを言ったのだ。  「ハイウエイ代の100元とタクシー代の100元を払ってくれ」  てめ~、空港でタクシー代はホテル代込みだと言ったじゃね~か。そう言うと 「サービス込みだと言ったが、料金込みだと言った覚えはない」 とわけの分からんことをぬかしやがる。渋々100元だけは渡したが、あとの100元は絶対に払えんっ! と長い間言い争った。しかし、極悪人猪瀬は諦めない。朝まで言い争っていてもよかったのだが、私は言い争いをしにわざわざ中国までやって来たのではない。観光をしに来たんだ、観光を! 明日も早いのでいいかげんに寝たい。私は負けた。極悪人猪瀬に100元払って追い返した。くっそ~、お金も惜しいが、それ以上に極悪人猪瀬に負けたことが悔しい。


抜粋 


上海日記 3日目


空港前で待っているバスの女性車掌に声をかける。彼女は「満席だよ。次のにしな」と答えた。(私は中国語がわからないので、英語以外は推測です) 「次は何時?」 「10時だよ(夜の)」 「あと40分もあるやん!」 日本語で言うと、「しかたないね。乗りな」とバスの入口を指し示す。バスが動き出したので、外を見ると雪が降り積もっている。凍結した道路では追突したり、ガードレールにぶつかった車を何台も見た。 


管理人 マーキュリーマークからの伝言


ドリアン長野は平成十年代に上海の旅行記を大別して二回
執筆しました。上海の旅行記は長編です。
平成15年以前に旅してきた(としか思えない)飛んで上海と平成16年の年末から平成17年に旅行した(と考えられる)上海日記は別の旅行記です。
時期ばかりか空港を後にしてから前者はタクシーの運転手と喧嘩をした話で後者は空港を後にしてからバスの女性車掌と会話したことが記述されてたので別口の旅行記といった解釈が行えます。
平成十年代と違い平成22年以降に上海旅行された人であれば空港連絡鉄道の上海虹橋駅(*1)が利用出来るようになったのでタクシーもバスも利用しないで鉄道でホテルに直行した旅行者はおられるかもしれません。
余談ながら、平成十年代は上海虹橋国際空港の利用者が多かったそうですが現在(平成20年代以降?)はPVGこと上海浦東国際空港を利用して上海に旅行する人が増えたかもしれません。何しろ、PVGの就航都市の中にはドリアン長野が行ってきたメキシコのティフアナも含まれてるそうです。TIJことヘネラル・アベラルド・L・ロドリゲス国際空港の通称はティフアナ国際空港。TIJからPVGへの航路が存在してることを知った時は少し驚きました。
ドリアン長野は米国のロサンゼルスからメキシコのティフアナに陸路で行きましたが、日本から一旦上海に行ってから空路でメキシコのティフアナへ旅する人はおられるのかもしれない。
トヨタがティフアナでトラックを製造する自動車工場を操業してるのは有名です。

*1 SHAこと上海虹橋国際空港の最寄り駅は上海虹橋駅で平成22年(2010年)7月一日に開業しました。


抜粋 


飛んで上海 その2

アミューズメント・パークの「大世界(ダスカ)」はレトロ。老朽したビルの中に小部屋がいくつもあり、京劇、奇術、映画館、ディスコ、ゲーセン、似顔絵、お化け屋敷等をやっている。野外ステージでは私が行った時は子供たちが雑技をやっていた。ここの雰囲気は日本の昭和三十年代であり、大阪の新世界界隈に似ている。そういえば、ダスカの作りはフェスティバルゲートにそっくりだ。もしかしたらダスカにコンセプトを合わせて作ったのかもしれない。
(中略) 上海を旅した人の本を読んでいたら、上海風呂に入りたくなった。幸い、宿泊しているホテルの裏に「浴徳池」という大きな垢すり風呂がある。さっそく行ってみた。まず、バスタブにつかって、体をあたためる。それからすっぽんぽん状態で大理石の台の上に寝そべり、垢すりをしてもらうのだが、これがくすぐったい。それが終わると個室に案内される。バスタオルを腰に巻いて待っていると、男が二人現われた。一人はマッサージ担当で全身を隈無く揉んでくれる。もう一人は手足の爪を切り、やすりで磨き、角質まで削ってくれた。その間にも別の男が煙草を勧めたり、コーラを持ってきたりと至れり尽せりである。全行程の所要時間は2時間。いい気持ちで受付に行き、請求書を見せられてびっくり! アメリカン・コミックなら目玉が30センチほど飛び出てたね。 二人分で884元!(その時は友人と行ったのだ)  明細を見ると、爪磨き代はもちろん、コーラ代やおしぼり代までしっかりとつけられていた。そうならそうと、事前に言えよっ!   「高い」と思わず言うと、「タカクナイヨ。ニホンジン、ミナハラッテクレルネ」(日本語)と言うのだが、日本人は納得して払ってんのか?  「もう少し安くならんか?」とねばっていると、従業員が五、六人出てきて無言で圧力をかけてきた。暴力バーならぬ、暴力風呂かいっ、ここは。そんなことだったら、六人の男にチップを計220元もやらんかったらよかったわい。 


抜粋

上海日記 1日目 

年下の友人K君から何年か振りに電話があった。四方山話のうちに彼が言った。 「ドリアンさん、僕今年パスポート取ったんですけど、一緒に海外旅行行きませんか」 「そりゃいいけど、年末まで10日しかないで。もうチケットは残ってへんで。あったら奇跡やわ」 
(中略) 「奇跡は存在したで。上海行きあったで」
「えっ、本当にあったんですか」 あんなに熱く語ったはずのK君の声はものごっつう不安気だった。Why? 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

第一に飛んで上海と上海日記は別口の旅行記のようなのでそれを強調したいからあえて順番を入れ替えて抜粋しました。フェスティバルゲートは平成9年から平成19年に営業してましたが跡地はマルマン(パチンコ店)とドン・キホーテ(小売店)が営業して良かったです。無理して行くと損害を作り出すお店が営業してるのはどこでも同じみたいです。詳細は可能であれば本文を読んでもらいたいが有言実行は確かに難しいが発言した以上は責任をとってもらいたいと皆様も一度は考えられたと思います。実際に一回でも海外旅行に行くと大きく考え方は変わってきます。皆様が本当に渡航されるならば慎重かつ丁寧にある程度の余裕を持って計画してください。 

抜粋

上海日記 2日目 

12月20日 K君はほんまにびびっていた。初めての海外旅行なのはわかるが、それにしても尋常ではない。 「危険な所に行くのはやめましょうね」 「上海に危険な場所はないっちゅうねん(あったら行ってみたいわ)」 
(中略) 「中国ってビザいりますよね。 今からでは間に合わないのでは?」 すっかり忘れてた。 慌ててインターネットで調べ、池袋にあるビザ取得代理店にパスポートを明日一番の宅配便で送ることにした。果たして間に合うのか。K君から電話。 「その代理店、大丈夫なんでしょうね、パスポート送っても」 「もしかしたら歌舞伎町の蛇頭(人身売買をするスネークヘッドという犯罪組織)に横流しされるかもね」 「ええっ!」 K君の心配は尽きないのであった。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

初めての海外旅行で緊張したのを連想する人は多いでしょう。平成十年代はインターネットで旅行商品や渡航先の情報が円滑に得られる時代の幕開けです。
帰国後に抗議したが平成27年に私がカナダを旅行してる時に職権乱用のごとくフェイスブックのタイムラインを通じ毎日私に詰問した人がいてブログ上の紹介を取りやめたから紹介を再開してもらいたい為に雇われた人のようでした。
からかうのが目的としても安全に関わり犯罪者への情報提供につながるので渡航中の人へ詰問するのはやめましょう。
ビザですが電子渡航認証等に変更して実質的に存在してるばかりか入国検疫申告書も必要なようなので各自で前もって海外旅行案内書を読んで調べて下さい。 

抜粋

上海日記 4日目

12月31日 7時半起床。トイレの窓から外を見ると一面まっしろ。黄浦江を巡航する船の警笛が聞こえる。浦江飯店はバンドで一番古いホテルだ。チャップリンもアインシュタインもお泊まりになられたが、宿泊費は高くない。バックパッカーの御用達になっているのはドミトリーがあるからだ。ホテル自体は租界時代に建てられただけあって、アールデコで趣がある。われわれの泊まった二人部屋の前は吹き抜けになっていて、広い廊下には租界当時の調度品が展示されていた。

上海日記 4日目(続)

彼らの他には日本人と韓国人が一人づつ泊まっていた。韓国人が聞く。 「何でそんなかっこしてんの? パジャマ代わり?」 「公園をジョギングしてきたんだ」 「はっはっはっ。クレージー」 ほっとけ。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

海外旅行に行くと日本(地元)とは天候が全く異なる事がございます。雪が少ない町から雪が多い町へ移動する人もおられるであろうし日本は北半球ですが季節が正反対の南半球の国々へ旅行される人もおられます。上海の冬は厳寒だったそうです。将来的に韓国に対して日本企業は商品を輸出することが難しくなるそうですがその時も「日本人はクレイジー。」と彼等は発言してるのでしょうかね?
実際の所、海外では日本よりも散歩の時間が長くなったのを連想します。適度な運動は国の内外を問わずに重要です。
ホテルですがある程度は良くないと困る可能性は高いです。同様にホテルは選べてもホテルにやってくる人は選べませんから困る可能性は高いです。 

上海日記 4日目(続々) 

抜粋

桐島洋子さんの本でこんな文章を読んだことがあったのだ。
(中略) その幻想的な廊下のイメージは上海、キャセイ・ホテル(和平飯店北楼)、といった妖しい響きと相俟って、まだ海外に出たことのない私の脳裏にしっかりと刻み込まれた。その長年抱いてきたイメージがついに目の当たりになろうとは。 


上海日記 4日目(続々々) 

2005年の始まりは上海だったかと感慨にふけりながら歩いていると、途中で浦江飯店に宿泊していたバックパッカーたちと出会う。彼らもバンドでカウントダウンを祝い、今から同宿の9人で飲みに行くそうだ。一緒にと誘われたが、われわれは酒を飲まないので残念ながら辞退した。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

過去であれば海外の状況は書籍を通じて得てました。現在でもそうですが書籍で知った海外の名店に赴くと喜びは大きいと思います。例えるなら順位を問わないオリエンテーリングに成功したようなものです。昨今はインターネット上で行われてる名店や名所の紹介の影響も小さくありませんが書籍で紹介されてない名店や名所が利用出来たならばそれについても喜びは大きいです。
私の場合は出会った外国人の友達に「もしも、再会するならどうするか?(航路が不明でした)」についていい加減ながらも調べたらカナダを経由して行ける事が判明したのです。
その人物は政争に関わってたことから多忙かもしれないと考えたのと海外旅行をした人(ドリアン長野に非ず)から長時間に至る乗り継ぎの時間について否定的な話を聞いたので直行便を利用する方が利点があると考えカナダのみの旅を決行致しました。
 繰り返すようですが飛んで上海(平成15年こと2003年以前)と上海日記(2004年の年末から2005年の年始)が別の時期に行った事を証明する文章が記述されてました。 

抜粋

上海日記 5日目 

8時半起床。寝ているときに寒さで何度もトイレに行ったが、エアコンの暖房がいつの間にか冷房になっていた。これが噂に聞くチャイナマジックか。
(中略) 上海老飯店は1875年創業の老舗で、ホテルに貼ってあった写真によると、江沢民もクリントン夫妻も食事に来たことがあるそうである。 

上海日記 5日目(続) 

日本の団体ツアーに紛れ込み、添乗員の説明にうなづきながら庭園を見てまわる。最後にはしっかりと記念撮影にも収まった。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

ホテルのエアコンを始め設備が良いか悪いかで旅の思い出は大きく変わってくると思います。私がカナダのバンクーバーで宿泊したホテルはエアコンは良かったですがテレビばかりか照明が利用出来なくなって困りました。
ホテルの従業員に抗議したら照明が利用出来なくなったので「映画を一本無料にします。」と言われたが利用せずに疲れてたので寝ました。
野球中継の番組を見たかったが見れなくなった時にはホテルの朝食の無料券(C$28相当)を一枚もらいました。

神経を使うような高級店よりもお気楽に利用が行える飲食店を利用したいと考える人は多いかもしれません。
皆様、日本の団体ツアーの方々に対して搾取や迷惑をかける事はやめましょう。 C$とは、カナダドルの略称です。 

抜粋

上海日記 5日目(続々) 

「髪を切ってもらいましょう。記念になりますから」 と、K君はどんどん歩きだし、一軒の散髪屋に入っていった。料金を聞くが、いかんせん通じない。やっと三軒目で5元だと言われ、切ってもらっていた。もともと彼の髪は短かったのであまり変わらなかったけど。 

上海日記 5日目(続々々) 

ホテルに戻って上海料理を堪能する。ピータン、魚と椎茸のスープ、上海蟹と豆腐の混ぜ物、川エビの揚げ物、魚の醤油煮、揚州炒飯。我を忘れてがっつくほど、全て絶品である。しかも、これだけ食べても一人1300円ほど。 「さすが老舗レストラン。うまいねえ」 とK君に言っても、「はあ~」と気のない返事をするばかり。彼にとっては下町で食べた食事の方がよほどご馳走だったらしい。 
(中略) ホントはもっと踊っていたかったけど、K君が風邪気味なので早く切り上げることにした(大人)。

管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外で散髪をしてもらう日本人は数多いようです。自由妨害はしませんが推奨は難しいです。在外邦人に理髪してもらわないと言葉の壁ばかりか技術的な側面から成果が得られないと言われてます。海外旅行の楽しみの中の一つに食事は存在します。人によって好きな料理がそれぞれなのは仕方ないです。一人旅であればともかくですが風邪も含めた病気で困ってる人物と旅行してるなら相手の立場を考えた上で旅行すべきです。 残念ながら相手の立場を考えない人はいます。
平成20年代以降は海外旅行中の人のユスリが目的で日本にいるストーカーが毎日詰問してきます。犯罪者への連絡につながる恐れがあるので皆様ストーカーには関わらんようにしましょう。
追記 平成十年代と令和元年の中国国内の外食費用は大違いらしいですので皆様、各自で最新情報を調べるようにしてください。

抜粋

上海日記 6日目 

しょっちゅう、服務員が「ちゃんと並べ!」とマイクで青筋立ててがなってるぞ。そういえば、ぎゅうぎゅう詰めのバスでも、降りようとする者より先に乗り込もうとするお茶目なやつらだからな。なぜ学習せん、中国人! けど、あの回転している中国人を思い出すと、悪いが笑ってしまうわあっ! ぶあっはっはっはっはあ! くっ、苦しい、笑いすぎて涙が....。

上海日記 6日目(続) 

今日は日曜なので宗派を問わず礼拝できるという「国際礼拝堂」に行く。着くとすぐにシンガポール出身だという信者が案内してくれた。 
(中略) 近くにいた、上海の大学に留学中だという日本人女性に話を聞いてみた。 「以前より緩やかになったといっても、まだまだ中国ではキリスト教に対して規制がありますね。ほとんどのクリスチャンは日曜に各家庭でお祈りをしています。教会も少ないんですけど、こうやって皆と集って礼拝できるだけでも恵まれています。集会しただけでも処罰された時代もあったそうですから」 中国のクリスチャンに幸あれ。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

皆様、海外の公共交通機関を利用されたことはございますか?私はカナダのトランスリンクを利用しました。
日本と大差が無い位に行儀良い状態でした。利用の妨害ばかりか推奨も行えませんが海外での移動手段はレンタカーだけで済ませる旅行者も多いようです。
バスの運転手さんも良い人でした。事前に調べましたが目的地について説明してくれたのは嬉しかったです。
皆様、海外の教会に行った事はございますか?私は行って来ました。現地でリーダーシップについて話す機会があり悪い国の指導者について語ってた人がいたのでENEMY?と伝えて爆笑させたのは良き思い出になります。日本の恥を輸出したか?
政教分離は正しく信仰の自由は不可欠です。 令和(平成末期かも?)になってから上海では罰金刑の影響や防犯カメラが多く機能するようになったので過去よりも公衆道徳が改善したと言われてます。

抜粋

上海日記 6日目(続々)

夕食をとりに南京東路へ。この上海一の繁華街に行くたびに思うのだが、中国のホントに田舎から出てきた人民がこの通りに来たら、腰を抜かさんばかりに驚くだろうな。ここだけは香港の繁華街以上だ。 
(中略) 「ねーちゃん、俺にも番号札くれ。なに! 48番だと! どうなってんだ!」 「今日は予約が多いの! ごちゃごちゃ言わずに大人しく待ってなさい!」 とまあ、このように(あくまで推測だけど)客とのバトルが展開しているのだった。日本だったら、店員は「すみません」とひたすら平身低頭だろう。私も声をかけると、「はぁ~っ?!」とおもいっきり不機嫌な顔をされた。帰国してから日本のコンビニの過剰なサービスに違和感を覚え、彼女の不機嫌な顔を懐かしく思い浮かべる今日この頃。 結局、その日はあきらめて帰った。 

上海日記 7日目

太極拳には前屈立ちとか後屈立ちとか半騎馬立ちとか、空手の立ち方が動きの流れの中に一瞬入っていて興味深い。まだまだ寒いので、皆さん着ぶくれでダルマ状態である。こちらはTシャツに空手着だけなのできつい。1時間ほどで終了。教えていたおばさんに礼を言うと、「初めてにしては上手だったよ」とお褒めの言葉をいただく。 ホテルに戻り、バイキングの朝食(3つ星以上のホテルには朝食がついているのだ)を摂る。 
(中略) 上海最後の夜は外白渡橋のたもとに建つ「上海大厦」に泊まることにした。ここは川島芳子(清朝最後の王女。満州事変、上海事変でスパイ活動を行ったとされる。東洋のマタハリ、男装の麗人と呼ばれ、大東亜戦争終結とともに逮捕、銃殺刑に処されるが、銃殺されたのは別人で日本で生き延びたという説あり)が定宿にしていたという由緒あるホテルだ。外白渡橋を上海滞在中に何度渡ったことだろう。「あしたのジョー」の丹下ジムは確か泪橋のたもとにあったはずだ。

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

国の内外を問わず都会(*1)と田舎は大違いです。恣意的な意見を否定する人は多いがドリアン長野は香港と上海に行ったから比較が行えました。実際の所、飲食店には予約を入れるか行列をしなくても楽しめる飲食店の利用を皆様に推奨したいです。ドリアン長野は空手家だけあって太極拳との比較も前述した町の比較のように説得力があります。
ホテルの朝食バイキングは世界的に一般的になってるようです。私が渡航したカナダのホテルでは$28でした。16時間の時差の都合で朝食というより夕食でした。(*2)
海外で橋を渡ると思い出深くなります。
私の場合は高さが27.4メートルだったからかな?
川島芳子生存説は否定する人が多いようです。

*1 ミリオンシティーか否かが分かれ目か? 

*2 7+16=23 午後11時は23時とも言われてる。

抜粋

上海日記 7日目(続)

上海の近代的な建物やおされな通りの裏には小汚い通りがセットになっている。
(中略)そこで便意を催したので、近くの路地に入り公衆便所を探す。 

上海日記 7日目(続々) 

K君に案内されて市場のまん中あたりまで行くと、われわれを目ざとく見つけたおねいさんが露店台に身を乗り出して日本語で叫ぶ。 
(中略) 「あなたの靴磨く、オーケー?」 「こんなぼろぼろの靴磨いてもしゃーないやろ。ええって」 値切り倒したパンツとTシャツを抱え、手を振る。それでもやつらは 「磨かせて」 と五、六人があとをついてくる。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

日本だと行き止まりと一部の私道以外は公道が多いですが海外は違ってきますね。日本と違って海外は公衆便所が少ないです。お店でも利用が行えるお店よりも利用が行えないお店の方が多かったのを連想しますので警戒が必要です。何しろ日本国内ではトイレが利用出来る駅が多いが私が渡航してきたカナダでは港ではトイレが利用出来ても駅ではトイレの利用が出来なかったから困ったことがありました。駅前の某ハンバーガーショップで済ませたのを連想します。
やはり、日本国内で強要が否定されているか否かは大違いですね。路上を歩いてる人に声をかけて仕事をする人は国の内外を問わずにおられます。カナダにもいるし中国にもいるといった具合です。

抜粋

上海日記 7日目(続々々)

K君がもう一度行きたいというので、文廟に行く。入口で「案内しますよ」と日本語で声をかけられた。大学で歴史を勉強しているという彼女、劉(りゅう)さんはここでガイドのバイトをしているそうだ。

上海日記 7日目(続々々々) 

おととい行った洗足屋を探して下町をうろうろ。小さな町だけど、店が見つからなくてニ周も三周もする。夕暮れになるとあたりはすぐに暗くなる。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

国の内外を問わず観光施設で勤務する学生は多いです。私はバンクーバー水族館で働いてた日本人留学生と会話しました。日本国内では礼儀正しくてもカナダに来たら無礼者がいて困ったお話をしたら黙認されてました。ドリアン長野は上海で日本語を勉強してる中国人の学生さんと会話してたそうです。土地勘というものは歩いて作られるものであって日本にいる時に海外旅行案内書を読むだけでは土地勘は作られません。急勾配の坂があるかと思えば予想した事が無いお店が営業してるばかりか駅の出入り口やバス停が存在してることや神社の鳥居は少ないが教会が多く存在するから日本国内の町ではなく外国を歩いてる事に気づく日本人は多いかもしれません。

抜粋

上海日記7日目(続々々々々)

火鍋レストランで羊肉を嫌というほど食べる。それでも二人で八百円ほど。ホテルに10時帰館。ついでだからとホテル内にあるお土産ショップを覗いてみることに。すると中からちょっと藤〇朋子似のにこやかな女店員が手招きをしている。 「見るだけ、いいですよ」 

上海日記 7日目(続々々々々々)

その上海出身(自称)のミミという娘は、「休日に東京に遊びに行ったことがあるわ。大都会でびっくりした。日本、大好き。日本人も大好き」などと言う。そのうち、「私たちも踊りましょう」とフロアーに連れ出された。ものすご~ください音楽が流れている。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

正規品を買うか否かは問われます。日本の通関は高い標準を持ってます。お土産を買うのは良いが良品を買うように心がけましょう。海外旅行案内書で紹介されてる名店ばかりか紹介されてない名店も営業してるから人によってお店の評価は変わってくるのは当然ですが偽造品は買わないようにしてください。ま、インターネット通販で済ませたり海外企業が販売する商品に対抗出来てる商品を日本企業が販売しているのでそれなりの熟慮が必要です。
在外邦人以外と会話するか否かは自由ですが得をするよりも損に至る可能性が高いことは考えて行わないといけません。外国人も多忙ということはありますが私が被ってる野球帽を盗もうとしたカナダ人はいました。 お店で「刺繍をしますか?」と質問され「はい、お願いします。」と私が依頼して刺繍が終わった野球帽を被って散歩してる時に盗まれそうになりましたが彼(カナダ人の白人)は野球帽の刺繍を読んでなかったが読んだ後は離れていきました。
裁判官や弁護士から「なぜ、あなたは彼の名前が刺繍された野球帽を盗んだのですか?」と裁判で聞かれたら窃盗犯の有罪が確定します。

抜粋

上海日記 7日目(続々々々々々々) 

ボーイが請求書を持って来た。あろうことかそれには三百元と書いてある。やっぱりな、何回もぼられ倒されている私の勘が当たったぜ(悪かったな!)。 

上海日記 7日目(続々々々々々々々)

部屋に戻ると彼は言った。「中国で貧しいながらも一生懸命に働いている、あの靴磨きの人たちみたいな人たちもたくさんいるのに、騙してお金を取ろうとする人間が許せなかったんです」 どこまでも生真面目で熱いK君であった。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

海外のお店は4種類に大別されます。
第一は日本ばかりか外国でも有名なお店。こういったお店だけ利用する人もおられるかもしれませんね。外資系企業だけでなく日本企業の海外支店も存在してます。
第二は海外旅行案内書等で紹介されてる海外では有名な名店。日本でその名店を知ると行きたくなりますね。
第三は海外旅行案内書では紹介されて無いが海外では有名な名店。アタリくじを引いたような喜びがありますね。
第四は関わってはいけない悪いお店。 時間を無駄にしたくない部分は理解してもらわないといけないようには思えます。
日本人だと時間を忘れて議論に至る人がおられるが海外旅行中だと帰国便に乗り遅れてはいけないので警戒してください。 

抜粋

上海日記 最終日 

6時半起床。今日が上海最終日である。帰国便は昼過ぎだ。気合いを入れて空手着に着替え、バンドをランニングしてから黄浦公園で太極拳をしている50人ほどの一団に加わる。
(中略) この人は高名な芸術家なのかも、と思っていたら、むこうでおばさんたちが懸命に手招きしている。 「ちょっと待っててください」とおばさんたちのところへ行ってみると、私を取り囲んで一斉に何か言っている。わけが分からずに何だ何だ、どうしたんだとおろおろしていたら、一人のおばさんが紙に何かを書いて見せてくれた。それには「小心」と書いてあった。 


上海日記 終 

「小心」とはもちろんビビりのチキン野郎のことではない。注意しろ、ってことだ。なるほど、彼はバンドでも有名な詐欺師らしい。
(中略) 帰国してからK君は「中国で就職できないですかねえ」と口走ったり、中国語会話の本を買って勉強しだした。遠い目になっている。完全に中国病だ。
それから間もなくK君は結婚した。何回も断られてやっと彼女にOKをもらったそうだ。彼にとっては最初から独身最後の旅のつもりだったらしい。新婚旅行は本当は北京に行きたかったけど、新婦の意を汲んでハワイにした。今でも彼と会えば、中国の話になる。実は私もかなり長い間、中国病にかかってしまった。至る所で人民の顔が思い浮かび、いちいち日本と中国のやりかたを比べてみては中国の肩を持ちたくなっちゃうんである。中国は奥が深い。(終) 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

海外では日本人が予想出来ない公共の敵がいます。私もカナダの路上で絡まれました。美しい朝焼けの写真撮影をしてたら路上でショッピングカートを押しながら歩いてた全然知らない赤の他人から冷やかされました。それを見てた別の全然知らない赤の他人が走ってきて頼んでも無いのに抗議してました。その後で「抗議したから金をくれ。」と言われたが無視をして立ち去りホテルに戻りました。夜だけでなく朝もヤバイ人はおりますので警戒してください。
実際に海外に行くと多少の艱難辛苦はございますが一方で楽しかった事もあってその国を気に入ることがございます。
一長一短という表現が適切か否かは各自で決断してもらいたいが旅を楽しんで下さい。
 就航路線は頻繁に切り替わるので詳細は各自で調べて下さい。上海浦東国際空港(IATA:PVG)と上海虹橋国際空港(IATA:SHA)は日中で同じ位に有名です。なぜなら、将来的には過去形になるかもしれませんが羽田からSHAへの航路ばかりか関空からPVGへの航路が存在してるからです。
明確化しておきますがドリアン長野は平成十年代にSHAを利用しました。空港連絡鉄道が上海で利用出来るようになっただけでなく航路も平成20年代に切り替えがあったようです。基本的に上海では国際線はPVGで利用出来るようにして少数の例外を除外して国内線をSHAで利用出来るようにしたようです。
伊丹空港と関空のようなものでしょうか? 
周知されてるように伊丹空港は関空が開港した1994年9月4日以降は国際空港の機能の大部分を関空に移管しましたが稀に海外から要人がやってくるので国際空港になります。令和の時期になってもその前例はございました。次回で画像は最終回です。

管理人マーキュリーマークからの伝言
冒頭の画像はあえて、二年前に撮影した画像を利用しました。

画像 令和元年8月

インド旅行記 

実質的な第一話で長編です。海外旅行に行く時は胃薬を用意しましょう。

抜粋

インド編 その1

興奮してたんで忘れてたけど、旅行会社で今夜のホテルは
予約してたんだ。そのホテルから車が迎えに来てるはずだ。そうだった、そうだった。それならいくら客引きが寄ってこようと恐くはない。私は余裕の表情で空港の外に出た。 「ナマステ~、インドのみなさん、アイ・ケイム・フロム・ジャパ~ン」 がっ、! 
「ジャパニ! ジャパニ!」 
「タクシー! チープ! チープ!」 
「ホテル? カムカム!」 
「グッドプライス!!」 
「ベリーチープ!!」
 ぎゃあ~! うげえ~っ! 
「#$%&♀¥!!」
 うるさいわいっ! 私はフランスに凱旋帰国したトルシエ監督なみにもみくちゃにされた。(トルシエって、確かフランスだったよな。サッカーに無知なので事実誤認があったら許せ、サッカーファン。カミソリの刃なんか送ってくんなよ)


インド旅の第一関門、人でごった返す
インディラ・ガンディー国際空港前
 
管理人 マーキュリーマークからの伝言 
始まりが終わりで終わりが始まり。矛盾してるように思われますが一応は今回で画像の発表はgooブログ上では最終回です。後にブロガー版では平成版と令和版を区分けして発表します。(追記 gooブログ上で発表してから転載してます)
平成生まれの若者には理解されにくいかもしれませんがドリアン長野が昭和の思い出を平成十年代に執筆し発表したのがこのインド旅行記です。私は令和になってから再び読みました。
ドリアン長野にとって初めての海外旅行はインドでした。
インドでは21世紀になっても空港の前でたくさんのホテル関係者が待ち構えてるようです。この旅行記を読んでから海外旅行に行ったならば空港からホテルに向かうとしたらバスの依頼をしない方が良いのかどうかは悩むと思います。 

オマケ
特別に動画を追加しました。これだけ多くの客引きにもみくちゃにされると困りますね。 

抜粋

インド編 その2 

バックパッカーの間ではその名を知らぬ者はおらず、小説にまでになった 「ホテル・パラゴン」 に泊まろうと思い、リキシャーワーラー(人力車のようにうしろに人を乗せ、自転車でこいでゆく乗り物がリキシャーであり、その漕ぎ手)に場所を聞く。すると横にいた客引きの兄ちゃんに 「パラゴンは満室だ。俺の知ってるホテルに案内してやる」 と紹介されたのが 「キャピタル・ゲストハウス」(一泊60ルピー。当時のレートで1ルピー≒12円とお考えになれば大体の目安となるでしょう)だった。実は、客引きがそこは満室だと嘘をついて自分と契約をしたホテルに連れていき、キックバックを得るのはよくあることだったが、当時の私には知る由もなかった。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言 

どこの外国へ行くかについては問いませんが日本国内でホテルの予約は済ませておくべきです。出国前に海外旅行代理店もしくはホテルのホームページを閲覧して予約した人は多いと思います。海外旅行案内書でホテルが紹介されてるのでそれを参考にされる人も多いに違いありません。昨今、海外のホテルであっても予約はフリーダイヤル(0120)が利用出来るので日本国内から電話で済ませる人も多くおられるようです。有名なホテルになると予約が難しくなるようですしドリアン長野は述べてませんが預かり保証金ことデポジットはそれなりの金額ですので予算は多めに用意しましょう。
繰り返すようですが出国前にホテルの予約は済ませておきましょう。 

抜粋

インド編 その3 

インド初の地下鉄がカルカッタで一部開通したが、地下鉄工事中も機械を導入する資金がないのでサリー姿の女性を含む人夫たちが手作業で労働に従事していたそうだ。他の国からはあの調子では開通するまでに100年はかかると言われていたぐらいである。そのありがたい地下鉄に私も乗ってみることにした。全線1ルピー。電車内は信じられないことに冷房が入っている。
(中略) 終点で降り、カーリーガート寺院内にあるマザー・テレサの施設 「死を待つ人の家」 に行く。ここでは各国からボランティアが来ていて熱心に働いている。私も友人の看護婦から言付かった医薬品をシスターに渡し、布に包まれた遺体をみんなで運んだりした。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

空港連絡鉄道(南海のラピート)等の公共交通機関の利用が行える町か否かで観光地としての成否が大別されるかもしれません。空港連絡鉄道が利用出来ても利用しないで空港に到着したら必ずレンタカーを利用すると決めてる旅人もおられるようです。私個人の意見ですがレンタカーの利用について妨害はしませんが推奨もしません。理由は交通事故が発生する可能性が高いからです。
オリエンテーリングではございませんが海外の名所に到着した後は成功したみたいで喜びを感じます。しかし、切り替えも重要です。辛い境遇の人々を迎え入れてる施設がインドには存在してるようです。遺体を運ぶのは辛かったに違いありませんが良き活動をしてきたようです。

抜粋

インド編 その4

1月の北インドの朝は寒い。栄養不良のせいもあって毎年、路上生活者が凍死するほどだ。それでなくても寒気がするのでセーターを50ルピーで買う。もう値切る気力も残っとらん。
(中略) ホテルで休ませてもらおうと日本人に人気の「ホテル・パヤール」に行き、「2、3時間やずまぜで~」 と息も絶え絶えに頼むと心良く了承してくれた。 「だけど一泊分の料金はもらうよ。30ルピー」 と付け加えるのを忘れなかったが。  屋上の部屋に案内される。隣の部屋の中年の日本人はインド滞在二か月だそうで、パチパチとタイプライターを打っている。屋上のデッキチェアで昼寝をしに来た日本女性三人は「あの人(私のこと)、病気なんだって。私、薬持っていてあげよう」 と話をしていた。私はベッドで苦しみながら期待して待っていたのだが、結局来なかった(おいっ)。


管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外旅行に実際に赴いた人であれば体験されたでしょうが喜怒哀楽が存在するがゆえに試練は不可避です。
第一に病気や時差ボケによる肉体的な負担。困らないようにするには日本国内でお薬を用意してから渡航するようにしましょう。そうでないと万が一の事があると困ります。日本人は提案のみが好きな人は多いでしょうが私は日本から薬を持っていって活用が行えて良かったです。関連するようですが保険も加入しましょう。
第二は買い物。自発的に何を買うか否かは各自の自由だと思います。但し、防寒着は日本でも販売されてるから日本では考えられない厳寒の街に赴くとしたら事前に用意しておくべきです。
第三はホテルの予約。渡航前にするべきです。

抜粋

インド編 その5 

 「ホテル・アトランタ」に行く。ゲストハウスではなく中級ホテルだが、一泊80ルピーと、そう高くはない。おっちゃんは従業員と少し話しをすると帰っていった。部屋に案内してくれた従業員の兄ちゃんに「私は病気である。だから大変苦しい」と言うと、その兄ちゃんは驚いていろいろと世話をしてくれたのだが、その世話が半端じゃなかった。毛布を持ってくるわ、食べ物を運んできて食べさせてくれるわ、医者を呼んでくれるわ、薬を飲む時間になると水まで持ってきて飲ませてくれた。彼は夜勤なので明日、自分の代わりに私の世話をする人まで頼んでくれた。うっうっうっ。インドでこんなにも人に親切にされるなんてえぇぇ~。私は彼に何度もお礼を言い、やがて眠りに落ちるデリーの夜八時なのであった。
(中略) 事務局で聞くと、8番の窓口に行けと言われる。
8番に行くと13番に行けと言われる。13番に行けば14番に行けと。ああっ、たらい回しだあ~っ。
 病み上がりの体でひいひい言いながらうろうろしていると、一人の男がここで聞けと13番と14番の間の小さな窓口を教えてくれた。こうしてやっとの思いで払い戻された大枚188ルピーを握りしめ、いつ出発するとも判然としないインド列車に備えて今度ばかりは乗り遅れまいと出発時刻(あくまでも予定)の三時間前からプラットッホームで待機していたのであった。
青年は荒野をめざす。いざいかん、聖地バラナシへ!
 でもここから18時間かかるんだよな。  

管理人 マーキュリーマークからの伝言

この旅行記を読むとインドが広大であるばかりか鉄道が複雑なのを理解されると思います。私も路線が大別して3路線であるがゆえに阪急のようなカナダのトランスリンクで少し迷った事を連想します。
国内で例えると近畿に住んでる人が西船橋駅に赴いて困ったようなものでしょうか?又は関東の人が梅田駅で迷ったようなものでしょうか?
関空から直行便で赴けて国際空港近辺の町だけで観光を済ませる旅行者が出現しても誰も否定しないと思います。
話は前後するようですがインド国内のおもてなしはドリアン長野にとって喜ばしかったようです。しかしながら、胃腸薬は日本で販売されてるので皆様がもし、渡航されるなら事前に買って持って行きましょう。 

抜粋

インド編 その6

 古くから親しまれてきたベナレスという名は英語名のBENARES(ベナリーズ)の日本語読みであり、正式名はバーラナシーだ。現地ではバナラスともいう。ああややこしい。
(中略) おお、高校生の時に三島由紀夫の「暁の寺」を読んで以来、憧れの地であったあのバラナシに私はいるのだ。焼けつくような太陽の下、雄大なガンガーに無数のきらめくサリーと半裸の男たち。人々のざわめきと祈り。聞こえてくる讃歌。ガンガーで沐浴せば全ての罪は浄められん。無辜となった亡骸を荼毘に付し、ガンガーに流せば輪廻からの解脱を得ん。ああ、悠久の聖なるガンガーよおっ!
  


管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外の地名を発音する時にRで巻き舌をするか否かは除外するとしても表現方法が異なることがございます。インド国内だけでなくカナダでもそうです。
日本では一般的にブリティッシュコロンビア州と言われてますがケベック州民のようにフランス語話者はコロンビーブリタニーキ(ColombieBritannique)と発言するそうです。
日本国内で一般的な地名を海外で伝えても発音や表現方法が違ってくる事から相手に理解されない可能性はあります。
海外旅行に行くにしてもどこへ行くかを決める時に書籍の中で紹介されてたから赴く人は居られるようですが渡航前に最低でも一冊は現地について説明してる海外旅行案内書も読んでおくべきです。 

追記 名著を読んだ後で旅行するにしても、旅行商品の見積りや精査はした上で行って下さい。

旅行商品と旅の試練 令和元年8月
「皆さん、海外旅行よりも高値の国内旅行に行きたいですか?」
批判も妨害もしてる訳ではないが民間の旅行会社がどういった価格設定をするかは自由とは言えども何らかの旅行商品の提案をした会社の同業他社(別会社)の旅行商品と比較して提案内容がほとんど無意味であるばかりか非常識に高値であれば購入出来ないのも現実です。
集団旅行よりも個人的に旅をする事を選択するばかりか高値の国内旅行よりも安値の海外旅行を選ぶ人も出現するのではないでしょうか?無論、旅行商品の提案内容については各自で熟慮して下さい。
旅の試練は旅先にて出会った人々が余計な行動を取るだけであったかもしれませんが昨今は海外旅行中にフェイスブックのタイムラインに毎日詰問する狡猾なストーカーがいるので皆様も警戒して下さい。

「旅は心の財産なので全ての国内旅行を否定する訳でもなければ海外旅行だけを推奨してる訳ではなく旅行商品の見積もりや提案内容の精査は実行すべきです。」  

管理人 マーキュリーマーク  トラベルコ
(もし、これを読まれたあなたが)海外旅行中にフェイスブックのタイムラインに頼んでも無いのに毎日詰問してくる人がいたらヤバイです。
質問者が海外の犯罪者への連絡を目的としてる恐れが高いから相手にするのを辞めてブロックするようにしてください。
あるホームページの紹介を取り止めたから刺客が送り込まれたみたい。
ユスリをしたい人やストーカーはいます。


抜粋

インド編 その7

やっと駅に着いてやれやれと思っていたら、駐車しようとする寸前に横から二人乗りの自転車が突っ込んできた。私は後ろの座席であるはずのないブレーキを右足で思いっきり踏みこんだが、やっぱりぶつかった。自転車は派手に横転したが、男たちに大したケガはなかったらしく、起き上がると猛然と食って掛かってきた。それに運転手が応戦する。回りには野次馬が集まってきた。こういう場合、インド人は激しく罵り合っても手は出さない(警官が民衆を警棒でどついている光景は時々見る)。
(中略) プラットホームには日本人の団体客がいた。五才くらいの女の子が彼等に 「バクシーシ」 と手を出す。そこにいた若者たちがこう言っていた。 「お金ないんだよ。ノー・マネー、わかる?」  「逆にこっちから『バクシーシ』って言ってみればいいんじゃないの」  「そうか、ほら、バクシーシ」  日本人に手を出された女の子はきょとんとしていた。 むき~っ! 今でもこの光景を思い出すと腹が立つ。その子は好きで物乞いしてんじゃねーよ。貧しくて働きたくても働けねーから仕方なくやってんじゃねーか。そうやってインドまで遊びに来ている金持ちの日本人(私もだけどよ)がいたいけな子供をからかうんじゃねーよ。金をやるつもりがないんなら、断るか無視すればすむことだろーが、あほんだらっ! と憤慨していると一人の少年が私にお金を乞い始めた。歩き出してもしつこくついて来て、ひざまづいて私の靴に額をこすりつけてくる。とうとう根負けして某(なにがし)かのお金を与えた。するとその少年は仲間のところへ戻り、ひそひそと話をしていたかと思うと五、六人がこちらに突進してきた。あわてて逃げ出し、何とか彼らの追跡から逃れて車両に飛び乗る。やれやれ。 

管理人 マーキュリーマークからの伝言

海外旅行中にケンカに巻き込まれると大変です。それもあって海外旅行保険に加入することが求められてます。ドリアン長野はインド旅行中にケンカに巻き込まれたようです。私の場合はカナダの道を歩いてる最中に朝焼けの写真を撮影してただけで冷やかしてきたホームレスA(仮名)がいて路上で座っていた別の人物ホームレスB(仮名)が急に走ってきて頼んでも無いのにあれこれ罵った後で金銭の支払いを求められましたがお金を支払わずに黙って立ち去りました。安全にホテルの中に入って安堵しました。インドか日本を問わず貧困の子供達を助けるか否かは各自の自由ですが断る方法は問われるようです。説明無しに生活費を求める人は日本にもいます。

抜粋

インド編 その8

「今日でインドともお別れだ。長かったようで短かった一週間。物売りや物乞いに辟易し、下痢や発熱に悩まされた一週間。騙されたりもしたけど、親切な人にも出会った。うるさいが、頼もしくもある子供たち。チャイ屋の売り声、灼熱の大地、道端で死んだように眠りこけている犬、漆黒の暗闇、バラナシの炎、死体、サドゥー、カーリー女神に捧げられるために首をはねられる山羊」 様々な光景が次々に浮かんでは消える。けれどもインドよ、今日でおさらばすると思うと....、 あ~嬉しいわいっ! とっとと日本に帰るぞ。帰って風呂に入ってうまいもん食ってゆっくり寝て下痢を直すぞ。こんな国、二度と来るもんかいっ。一刻も早く空港に行って飛行機に乗って文明国に帰るんじゃい。帰るったら、帰るんだ~い! 帰りの飛行機で同年代の男と隣り合わせになった。どちらからともなく話しかけ、彼はパリでアパートを借りて住んでいたことやアジアのいろんな国を旅した話をしてくれた。私が海外旅行は初めてだと言うと、彼はこう言った。 「それならあなたはこれから何度も旅に出るでしょうね。一人で旅をする快感を覚えたら、それはやみつきになりますよ。僕がそうでしたから」

管理人 マーキュリーマークからの伝言

始まりが終わりで終わりが始まりか?インド編は令和ではなく昭和の海外旅行記です。ドリアン長野は一人旅を気に入ったからか十カ国以上の海外旅行記を執筆しました。警戒すべきは実際に出会った人だけであったようです。
疲れてる時に無神経な人から連絡されて困った経験を持つ人は多いと思います。同様に現在ではフェイスブックを通じてストーカーが旅行中に毎日詰問してきます。その被害にあってなかっただけ幸せです。ユスリや揚げ足を取る為だけでなく海外の犯罪者への連絡が目的の慇懃無礼な日本人はいますので皆さん警戒すると同時に詰問は控えてください。
私もカナダで一週間過ごしてきて色々な変化を感じ取りました。皆様はどうでしたか? 

【夏が来れば思いだす】 

ドリアン長野が結婚した後で行ったバンコク(タイの首都)の旅行記で実質的な最終話です。 

夏が来れば思い出す その1

抜粋 

今までタイには10回ほど行ったが、バンコクだけでチェンマイもプーケットも行ったことがない。新婚旅行もバンコクにした。妻にもバンコクの素晴らしさを知ってほしかったからである。しかし、そのバンコクで九死に一生を得ることになるとは神ならぬ身には知る由もなかったのである。 

夏が来れば思い出す その2 

抜粋

私は妻に厳命した。毎晩、違うホテルに泊まるので移動しやすいように荷物は最少に。スーツケース不可。なんせこっちは、旅慣れしてんだかんね、夫の頼もしいところを見せてやろうじゃないか、よもや関空離婚はないだろう。と一人不敵な笑みを浮かべるのであった。 

夏が来れば思い出す その3

早朝の6時半に家を出て夕方の4時過ぎにバンコクのスワンナプーム空港に着いた。この新空港は去年開港したばかりだ。旧空港のドンムアンに比べると物凄く近代的だ。

夏が来れば思い出す その4


旧空港からだったら、路線39番のバスで安宿が集まるカオサン通りまで行くのだが、勝手がわからない。 


管理人 マーキュリーマークからの伝言

始まりが終わりで終わりが始まりか?画像は前述したインド編と今回の夏が来れば思い出すで終了です。
ドリアン長野が独身であった平成18年迄に十カ国以上の海外旅行記を執筆した後、平成19年にドリアン長野は結婚して令和になってからは娘さんを養育されてます。平成19年度の新婚旅行を兼ねたバンコク
旅行記を平成25年に投稿されました。
バンコクだけを気に入って何度も赴いてたようです。旅費は変動が多いので各自で見積をして下さい。
皆様、海外旅行の場合は時差ばかりか出発や到着の時間を考慮して下さい。

明確化しますがスワンナプーム国際空港は2006年9月28日に開港しました。交通手段の変更は有り得るので前もって調べましょう。
国の内外を問わず泳ぐ前に準備運動するのは必須です。プールで足がつるのは恐怖の体験です。

半ば未完の海外旅行記のようですが楽しんでもらえれば幸いです。
 ドリアン長野が独身だった時期の香港旅行記や新婚旅行を兼ねてるタイランド旅行記は読めても新婚旅行を兼ねた香港旅行記は読めないままに至ってます。趣味の領域なので仕方ありません。皆様にお伝えしたいのは旅行商品は数多く販売されてます。空港からホテルの送迎を依頼するかどうかについては熟慮の上で利用するか否かについては各自でご決断頂きたい。新空港が利用出来るようになったのであればなおのこと海外旅行案内書を旅の前に読んで予習することは重要です。旅を楽しんで下さい。 

オマケ
馬鹿げた予測とは違って過去を振り返るのは良いとしても、今となっては2006年(平成18年)は十年以上前の出来事です。
執筆した時期は平成でしたが令和になってから変更に至った部分が存在すると考えてください。

回顧を兼ねた書評 令和二年三月


僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。アフリカは遠すぎて行けなかった。
新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットの
プールで溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
旅も好きだが、旅行記も好きだ。この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。何よりも文章がうまい。奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、一気に読め、感動的でさえある。朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。


ランニングについての投稿




ランニング(特に早朝)をすると
眠気がふっ飛ぶ
血液が循環する
走っている時は悩みを忘れる
デトックスになる
街中の新しい発見
脳から快感物質が出る
一日爽快感が続く
大阪城公園〜坐摩(いかすり)神社の紫陽花