2026年5月20日水曜日

アフターサン 令和八年五月





これほど悲しく切ない映画があるだろうか。この映画を見終わった感想だ。

30歳の父親(離婚している)と11歳の娘がトルコへ一週間のバカンスに出かける。地中海の眩しい日差し、ビリヤードに興じプールで水球を楽しむ。プールサイドで娘に日焼け止めローションを塗ってやる父親。

ただそれだけのストーリーだ。退屈な映画だと捉える人もいるだろう。

しかしこの物語には父親の死への願望が色濃くある。それに気づけばトーンは一変する。

バカンス中に31歳になった父。ソフィは観光地にいた何組もの観光客に声をかけて父へのバースデーソングをみんなで歌ってくれるように頼む。

その夜、父の裸の背中のアップ。彼はむせび泣く。傍にはソフィに宛てたカード。

「ソフィ、君をとても愛している。そのことは忘れないで」

ソフィを愛していても希死念慮がそれを上回る。
おそらく父親は鬱病だろう。
父はソフィと会うのがこれで最後だということがわかっていた。

屋外パーティーでデビット・ボウイとフレディ・マーキュリーの「アンダープレッシャー」がかかっている。父はソフィに踊ろうよ、と誘うがソフィは拒否する。彼は一人で踊るが、無理をして陽気に振る舞っているように思える。歌は父の心境を表している。

望まない圧力が僕たちをを苦しめる
圧力の下でビルは焼け落ち
家族は引き裂かれ
路上に人々が取り残される
この世界の真実を知った時
善良な友たちが叫ぶ
「ここから出してくれ」

互いに思いやる
これが最後のダンス
(under presser)

歌の途中、父と同じ年齢になったソフィが父を抱きしめるシーンが出てくる。
ソフィの父に対する愛情、11歳の時はわからなかったが今ならわかる。だからこそわかってあげられなかったという後悔。大好きだった父。父も娘を愛していたのに。

20年後、父親と同じ年齢になった娘のソフィが父と過ごしたビデオを観る。ベッドの下には20年前に父が買ってくれたトルコ絨毯が敷いてある。高価なものだった。ソフィへの最後の贈り物だったのだろう。

最後の空港での別れ、ソフィは何度も手を振る。

ソフィは画面から消え、画面はビデオ撮影をしている父親に切り替わる。ビデオをしまい、出口に向かう。そして…

自分自身の娘のことや子どもを残して自死したカート・コバーンを思い出さずにはいられない。

ソフィ役の彼女は完成した映画を観て「何でこんな悲しい映画を作ったの」と女性監督に泣いて言ったらしい。監督も10代の頃、父を亡くしていた。

僕も常にこの映画のことを考えている。頭から離れないのだ。

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回顧を兼ねた書評 令和二年三月



僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。アフリカは遠すぎて行けなかった。
新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットのプールで溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
旅も好きだが、旅行記も好きだ。この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。何よりも文章がうまい。奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、一気に読め、感動的でさえある。朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。


管理人マーキュリーマークからの伝言
上記は、ドリアン長野が令和二年に投稿した内容です。
令和六年にドリアン長野は親子で
ケアンズ旅行。
 

ランニングについての投稿




ランニング(特に早朝)をすると
眠気がふっ飛ぶ
血液が循環する
走っている時は悩みを忘れる
デトックスになる
街中の新しい発見
脳から快感物質が出る
一日爽快感が続く
大阪城公園〜坐摩(いかすり)神社の紫陽花