「恋するサウジ」 父と娘
2025年11月25日 19:31
サウジアラビアに娘と行くことになった。
事の発端はこうである。
娘は小5から大のサッカーファン。僕がそのことを知ったのは娘が中学生になってからだ。
「私、サッカーのファンやねん」と言ったときは少々驚いた。そんなそぶりは少しもなかったからだ。
部活は卓球をやっているが、本当はサッカー部に入りたかったらしい。
女子が一人もいなかったので断念したそうだ。
ちなみに僕はワールドカップも見ないほどサッカーには興味がない。いや野球も見ないし、そもそもスポーツに興味がない。
そして娘は何よりもロナウドの大ファンである。
彼がサウジに住んでいるという理由でサウジの首都リヤドに行きたいと言う。どれだけ好きかというとパソコンのスクリーンセーバーが勝手にムハンマド皇太子に変えられていた。そこはロナウドちゃうんや。
ロナウド→サウジアラビア→イスラム教
という流れでイスラム教にも興味を持ち、モスクにも見学に行き、イスラム教徒になりたいと宣わった。アラビア語を勉強し、自己紹介もできるようになった(もちろん僕にはさっぱりわからないが都知事よりはうまいかもしれない 笑)。
娘は何年も前からサウジに行きたいと言っていた。
うちはビンボーなの?クラスのほとんどは海外旅行に行ったことがあるそうやで、と娘。
わが家は裕福とは言えないが、ビンボーだとは言いたくない。なぜなら世界には1日1ドル以下で生活する絶対貧困の人たちがいる。その人たちに対して失礼だと思うからだ。日本に生まれた僥倖だけで恵まれている。
あまりに熱に浮かされたようにサウジ、サウジと言うので妻が条件を出した。
「あんたがそんなに行きたいなら行かせてもいい。条件は塾の偏差値58を達成したら」
しかし、それは達成できなかった。
妻は二度目の条件を出した。
「中間テストで全ての教科で平均点10点以上を出したら」
結果は10点以上の教科もあれば、そうでもない教科もあった。
「全教科の平均点で10点以上かと思った」
粉飾決済か。
「かわいい子には旅をさせろ」と妻は言い、なんとかしてサウジに行かせたいらしい。
そして三回目の条件。カイジか。
「家の手伝いをすること。勉強を頑張ること」
あと何項目かあったが忘れた。もちろん娘はこの条件を飲んだ。
悲願のサウジアラビア。ついに旅順港は陥落した。乃木将軍万歳。娘は狂喜乱舞である。お母様、ありがとうございます!と連呼。
そうと決まったら早速、娘とガイドブックを買いに行った。旅行の二か月前のことだ。
ちなみに行くのは僕と娘だけで妻は留守番である。妻は神経質なタイプで旅行中に下痢になったら、と心配し、何より三人分の旅費が捻出できない。それでも自らを「渡鬼」の旅行会社経営の岡倉文子だと言い、格安の航空券をネットで探すという。すまん。
『地球の歩き方 ドバイとアラビア半島の国々』の最新版は2020〜21年版というから四年前だ。2025年にサウジの首都リヤドの地下鉄が全線開通したので当然ガイドブックには地下鉄路線図は載っていない。それでも仕方ないので買う。
妻がいろいろと調べてくれ、乗り継ぎの航空路を何種類か出してくれた。インド経由やベトナム経由などがあるが、そこで僕が口を出す。
「できたらバンコク経由で」
僕は独身の時にバンコクに9回行っている。新婚旅行で10回目だ。それほどバンコクが好きなのだ。
そして出てきたのが、関空〜釜山〜バンコク(二泊)〜アブダビ〜リヤド(三泊)。
帰路はリヤド〜ドバイ(一泊)〜西安〜合肥(一泊)〜関空、というプラン。
チケット代は二人で…
40万!
「これでいいね?」
あとはスマホの画面をポチるだけだ。
亡き竜ちゃんの声が聞こえる。
「押すなよ、絶対に押すなよ!」
よ、よ、40万円。40年前にインドに行った時は30万だった。しかしあの時は一人だったが今度は二人だ。それを考えると安い…か。
ああ、ままよっ!震える親指で画面を押す。
押忍!大山先生!
しかしサウジ行きの出費はこれだけでは済まなかった野田佳彦前総理大臣。
管理人マーキュリーマークからの伝言
始まりました。楽しむ準備をして下さい。
スポーツこと運動の範疇の中に、球技、競技、格技が含まれてる。
球技が嫌いでも格技は好きな人はいる。マラソンは競技になります。
渡航する60日以上前に海外旅行案内書を買って読むのは重要です。
コロナの影響で新刊が発売されてないようです。円安で物価高で厳しい時代です。野田元総理は再登板するのか?問われた時期はありました。
ドリアン長野は平成13年から平成19年の十月迄にタイランドのバンコクに9回渡航したのか? 直行便のみならず乗継便を利用した時が含まれるのでしょうね。推察させるのではなく本人が海外旅行した時を明確化してほしいです。
令和六年のケアンズ旅行の時には「またがあるのか。」とドリアン長野は考えてたが令和七年から令和八年には再び親子で渡航。しかも、複数の国々で大規模です。インスタグラムの転載は厳選します。旅行は厳格化しておりますね。どのような海外旅行になるのか?
2025-12-16 23:27:47
テーマ:ブログ
まずはホテル探しだ。バンコクとリヤドとドバイと中国である。やはりリヤドとドバイは高い。安くなるとかなり都心から離れる。この日は有給を取っていた。日米首脳会談のテレビ中継を観ながら頭を悩ませていると昼前に仕事中の妻から電話がかかってきた。
「ホテル、高いやろ」
「高いなあ」
「帰宅したら調べてみるわ」
そういうことで自称岡倉文子はネットでホテルまで予約してくれたのである。ちなみに娘は中東では野宿でもいいと言っていた。
「一生私に足を向けて寝られないな」
という妻だが、毎晩同じベッドでお互いに頭と足を反対向きで寝ているのである。
しかし感謝していることに変わりはない。
なんとかホテルも決まり、サウジのビザを取らなければならないが、値段を知って驚いた。一人二万円。
サウジは2019年に観光を解禁したのだが、国立の病院での診療や、国立大学を含む学校教育が無料、個人所得税も無料。さらに条件を満たせば、国から住宅が無償または無利子で提供される場合がある。
それなのになんでビザ代金が高いんや。
その上、スマホで撮った写真が何度もはじかれる。何度もトライして(2日かかった)やっとネットでビザ取得。次は娘のビザを取ろうとしたが、どうしても取得できない。妻に指摘されてミスに気づいた。
ビザは個人用とグループ用になっているのだが、僕は個人用で取得したのだ。グループというと、ついツアーのイメージがあった。グループ用だったら子どもとの紐付けが容易にできたと思うのだが、これも何とか妻にやってもらった。さすがの自称岡倉文子である。
やれやれと、スマホでサウジのことを調べていたらとんでもないことが書いてあった。
「18歳未満はサウジアラビアには入国できません」
思わず血の気が引いた。
航空券とホテル代とビザ代金、なによりも娘の落胆が…
まるで完全試合目前に最後の打者にホームランを打たれてしまったピッチャーのように膝から崩れ落ちた。
ゲームセットと思ったが、調べてみたらそれは古い情報らしい。念のために六本木にあるサウジアラビア大使館に電話して聞いてみる。未成年でも入国は問題ないが、渡航証明書を持参すれば安心とのこと。
渡航証明書、つまり未成年が入国する場合の親の承諾書だ。公式の渡航証明書は存在しないので、JALのホームページから書式をプリントアウトして記入する。これで万全だ。どっかからでもかかってこいや、サウジ!と豹変する地獄から天国。
管理人マーキュリーマークからの伝言
2020年代のホテルの宿泊費は平成20年代と比較して高額化してます。観光ビザ、渡航証明書、電子渡航認証等で入国についても厳格化してます。 私物、現金、カードそしてパスポートのみで海外旅行出来た時代は半ば終了しましたね。
持ち物だけでなく入国前の準備は慎重かつ事前に行う必要があります。
2025-12-22 23:43:58テーマ:ブログ
そして帰りのドバイ一泊だが、ドバイといえば世界一高いビル、ブルジュハリファ。「ミッション・インポシブル」でトム・クルーズがスタントマンなしの命がけで熱演してたよね。
これがまた高い。一人一万円近くする。それでも125階あたりだ。145階ともなると、目が飛び出るくらいの高さ。それでも一生に一度のことだからと最上階に登るつもりだったが、ある事件が勃発してやめた。
それは出発二週間前のことだ。高市首相の台湾有事発言で中国から日本へのフライトが取りやめになったのだ。リヤドから中国内で二回乗り継ぎをして帰国する便が飛ばなくなった。今から代替え便を検索してもクリスマスシーズンと新年にかけてチケットは倍以上に跳ね上がっている。
「今回はキャンセルしようか。来年は高校受験だから無理だけど、高校生になったら行けるだろう」
「いや、絶対に行く」と娘。
そりゃそうだろう。不可抗力とはいえ、ここでキャンセルしたらトラウマになる。そのために部活と塾と勉強を頑張ってきたのだ。
「四万円持ってるから全部出す」という娘だが、前回のオーストラリア旅行で供出させられたはずだ。案の定、財布には一万円しか残っていない、ていうか一万円もよく残っていたものである。
しかし、これでは焼石に水である。
土曜日の朝、起きたら枕元に置いてあるスマホがない。あれ?と思って探してみると、妻の枕元にあった。昨夜遅くまで帰国便を検索していたのだろう。
僕も一縷の望みをかけて検索するが格安チケットは出てこない。
7時、休日は9時か10時まで熟睡されている妻が寝室から出てこられた。
「スマホ貸して」
妻は検索する。「高い。これも高い」
親指を動かし、バッサバッサと薙ぎ倒す。全盛期のアンディ・フグか、レチ・クレバノフか、黒澤浩樹か。
そして親指がピタリと止まった。
「これなんかいいんじゃない?」
と、殿、なんと申された!老いたとはいえ、爺の耳、今しかと聞き申したぞ。と殿の元へにじり寄る。
スマホの画面には「ドバイ国際空港〜海口美蘭国際空港〜香港国際空港〜関西国際空港」。
チケット代金は以前の航空券の四万円増しになる。これは仕方がないだろう。キャンセルされた便のチケット代は払い戻してくれるし。
さすが自称岡倉文子は伊達ではなかった。この喜びを娘に伝えようと思ったが、娘はわれわれの苦闘を尻目に部活の試合に出て行った。
少しくらい頑張ってとか健闘を祈るとか期待してますとかお父様大好きとかないのか。
そう言えば娘は自宅から歩いて通学しているのだが、その途中に中国領事館がある。この前通った時に入口に柵が設置されて容易に入れなくなっていたらしい。さもありなん。しかし盛夏の時も真冬の時も雨の時も警杖を持って警備している警察官の方々を見るたびに敬意を表さずにはいられない。
往復で7回の乗り継ぎ、費用を抑えるために保険には加入しなかったが一度でも延滞したらえらいことになる。かなりタイトな旅になりそうだ。
管理人マーキュリーマークからの伝言
他人の苦労を何とも思ってない人はおりますね。それはともかく、政治家の発言の影響で予定が変更されたのは厳しいです。
私は平成27年十月に直行便でカナダのみ旅行しました。飛行時間は九時間以上。経由便や乗継便は利用してないけど予定が過密なので大変な旅行なのは理解します。 特別編を伝えます。
奇跡の鳥取県民
2025-10-21 11:59:56テーマ:ブログ
僕は鳥取県生まれだ。日本一人口の少ない県。取鳥と書かれる。島根県と混同される。鳥取県は右?左?
テレビで鳥取が写ると、郷土愛にあふれる僕は、「ほれほれ、鳥取!」と思わず注意を喚起するのだが、「それがどうした、これだから田舎者は」と大阪生まれの娘。
僕の生家の向かいに映画監督、岡本喜八の生家があった。東宝入社時、当時県会議員でのちの米子市長の弟の人事部長と偶然に面接を受け、道が開けたと彼の自伝で読んだことがある。
だが、その奇跡が起こったのだ。他ならぬこの僕に。
ある時僕は兵庫県の某所で30人くらいの集まりに誘われ、出席していた。ある女性と話をしていると出身地の話になり、僕が米子出身だと言うと、看護師をしていたある女性は「あら、私、米子で一時期働いていたことがあるんですよ」と言う。それは奇遇だなあと思ったが、そんなこともあるだろう。するとその横にいた女性が「あの、私の父は米子出身なんです」と言ったのだ。
その女性が今の妻である。
義父は地元の高校を卒業し、JRに採用されて神戸勤務になった。実父と同じ高校だった。調べてみると妻とは遠い親戚だった。「それで?」と娘。
あ〜、もういいわ!
管理人マーキュリーマークからの伝言
娘さんが冷めた目で父親を見てるので笑った人は多いか?兵庫の隣県の中に鳥取は含まれるのでそれで覚えましょう。島根は近畿に隣接してない。奥さんとの馴れ初めを知ることが行えました。
ドリアン長野に出会っても「ラジオのダラズFM」と発言するのは良くても単純に「ダラズ。」と発言しないように。
2026-01-10 12:18:58テーマ:ブログ
出発当日。5時に目が覚めた。妻は昨夜2時までホテルへの道順などをプリントアウトしたものに加筆をしていたが、7時に起きてきた。妻よ、ありがとう。しかしその労作を旅の途中で紛失し、苦戦してしまうのだが。
娘にしては早い9時に起きてきた。妻は準備のために数日前から在宅勤務にしてもらっていた。
緊張する、と娘。無理もない。父も7回の乗り継ぎに乗り遅れたと緊張。その乗り継ぎで大失敗があったのだが、それはまた後述。
11時前に家を出る。妻、嫌がる娘とハグ。
関空の第二ターミナルは初めてだが、第一ターミナルとこれほど差があるとは思わなかった。まるで地方都市の空港みたいだ。出発ゲートを出て歩いてチェジュ航空機に乗る。
満席らしく娘と前後の席に別れて座る。
16時前、釜山到着。3時間ほどトランジットで空港待機だ。この搭乗待合室がなかなか良かった。コンビニやレストランや土産物屋などが充実していて楽しい。
コンビニで栄養ドリンクを買って飲んでみる。
…まずい…
夕食用におにぎりを購入。お米はおにぎりを一晩冷蔵庫に入れていたような硬さ。日韓の食文化を垣間見られてなかなか興味深い。
旅への期待を膨らませながらバンコクへ向けて出発。
23時半にスワンナプーム空港に到着。入国審査は大行列だ。関空のチェックインカウンターでデジタルアライバルカードを作成するように言われていたが未完成だったので時間がかかった。女性入国審査官に不備部分を記入してもらい、思わず「コップンクラッ」とワイをする。
タクシーでホテルへ。空港近くのホテルを予約していたが、タクシードライバーはスマホで住所入力をしたにもかかわらず迷って、車を二度降りて屋台の人に聞いていた。
やっと見つかりチェックインしたのが1時。フロントで待っていたのは人の良さそうなおばちゃんだった。荷を解いたりしていたので就寝が2時になってしまった。二人とも空腹ではなかったので夕食を摂らずにそのまま寝る。
翌日娘は7時に起きてきた。近くのコンビニで朝食を買って支払おうとしたが、会員に入会しないといけないか、特定のクレカじゃないと使えないのかよくわからないが断られた。仕方ないのでホテルのフロントに置いてあったビスケットとコーヒー用のミルクパックをもらって朝食にした。
ホテルから駅へは徒歩で5分とかからない。
ホームで待っている人に聞くとマッカサン行きは駅の三階から出ているらしい。
マッカサンで降りて教会に行く。われわれ二人はクリスチャンで毎週教会に行っている。バンコクの教会では英語とタイ語で聖餐会が行われるので英語での集会に出席。礼拝堂は広く、200人近くが出席していた。
その後、ASOKのモールで昼食。KFCに入ることに。娘はここでKFCデビューを果たす。そう言えばもう何年も昔、僕もバンコクでスタバデビューをしたのだっけ。
タクシーアプリでGRACE HOTELに行く。泊まるためではない。この界隈にアラブ人街があるからだ。僕はこのホテルが好きでバンコクでは一泊目がカオサン、二泊目はここに泊まるのが定番になっていた。
ロビーのソファにはアラブ人がくつろいでアラビアコーヒーを飲んでいるのも変わらない光景だ。
25年前は半地下にディスコがあり、中東風の音楽にアラブ人たちが踊っていたが今は美容室になっていた。
24年前の同時多発テロの時はビン・ラディーンの顔をプリントしたTシャツを着たアラブ人たちがこの界隈を闊歩していた。夜になるとホテルは売春婦のたまり場になった。
近くのアラブ人街を歩く。レストランの呼び込みのイケメンアラブ兄さんが「ニーハオ」と声をかけ、流暢な中国語で話しかける。娘は私は日本人だ!と憤慨。
それでも娘に「食べてくか」と言うと珍しく同意した。
マトンカレーとナン。量が多すぎて何とかナンは完食したがカレーは残してしまった。
トゥクトゥクでクロントゥーイ市場に行く。この市場はアジアの市場でも雑然という点では群を抜いていて、悪臭もひどい。神経質な人は気分が悪くなるかもしれない。しかし僕はバンコクに行くたびにこの市場に足を運んだ。生活するパワーが横溢し、エネルギーに満ち溢れている。
娘を是非連れてきたかったのだ。
懐かしい市場は年末の黒門市場ほど混んでいた。人混みの中をバイクがクラクションを鳴らしながら突っ込んでくる。悪臭の原因は傷んだカニやエビなどをそのまま放置しているかららしい。
歩いてHua Lamphong駅に向かう。ファランポーン駅はバンコクの中央駅で昭和な駅舎が好きなのだ。地方からバンコクにやって来るタイ人はファランポーン駅で上京する。日本で言うと上野駅だ。ここで痛恨のミスを犯した。綴りが似ているプロンポン(Phrom Phong)駅と間違えてしまったのだ。
たどり着いた時に、あれ、ファランポーン駅も近代的になったのかと思った。窓口や駅員に聞いても要領を得ない。気づいたのは1時間後だった。
さらにファランポーン駅が一部廃止、長距離輸送のハブ機能は失ったものも、近郊のローカル線として機能していると知ったのは帰国後だった。
仕方なく巨大仏像などで有名な観光スポット、ワットチャイナーまでプロンポンから地下鉄で行くことにする。僕と駅員とのやり取りを聞いていた老夫婦らしき人が親切にも行き方を教えてくれた。
しかし、だ。ワットチャイナーに着いた時は既に拝観時間は終わっていた。
管理人マーキュリーマークからの伝言
私が行ってきたレインクーバーのオークリッジ41丁目駅の商業施設で営業してたお店は閉店を余儀なくされたそうで悲劇的です。
過去に赴いた場所であっても渡航前に最新版の海外旅行案内書を読まないといけないか?海外ではおいしい料理のみならずまずい料理も存在しますね。 タクシーより送迎バスかな?
皆様、来月のドリアン長野の海外旅行記にご期待下さい。続編が楽しみです。 気づいてる人は多いでしょうが円滑な旅は難しいです。
今、娘と中東にいます 令和八年一月
https://www.facebook.com/durian.nagano/posts/pfbid02pdqNbhqXZm6S31rsgomjBrERsxezUzDMD7MPovkTK37bPcYe6HtGW5s755nxZRa9l
今、娘と中東にいます。
娘は小学生の頃からサッカー選手、サウジアラビアのチームに所属しているクリスティアーノ・ロロナウドの熱狂的なファンでサウジ行きを長年熱望していました。
今回、勉強を頑張った約束としてのかなり無理をしたご褒美となりました。とは言え、関空〜釜山〜バンコク〜アブダビ〜サウジアラビア〜ドバイ。帰国便はドバイ〜中国の海南島〜香港〜関空という短時間で格安航空券を乗り継ぐかなりハードな旅となります。
バックパックを担いで各国のゲストハウスを泊まり歩く旅は娘に文化の違いと好奇心を刺激しているようです。
私も中東は初めてですので早朝から深夜まで様々な場所を歩き回っています。一昨夜はホテルの場所を迷い、今晩は野宿かと心配しながら娘のスマホ探索の先導でやっと帰館したのが真夜中の1時前、スマホの充電が切れる寸前のことでした。
その他にもメーターを使わないようにするタクシードライバーとの攻防、ドバイではスマホに入れていた世界一高いタワー、ブルジュハリファの展望台予約券が消えてしまい、泣く泣く買い直したり、慣れないe simに手こずったりと様々なトラブルはありますが、親バカながら娘の成長を頼もしく感じています。
とは言え、現地の方々の親切に涙し、街に朗々と流れるお祈りの時間を告げる連絡に魂を揺さぶられる経験をし、心から中東を訪れる経験ができたことを感謝しており、今から中東ロスになることを二人で案じています。
時差の関係で1月1日の18時が日本の元旦となりました。娘の強い希望でサウジのユニバ(?)、ブルーバードシティで現在の人たちとカウントダウンを迎えました。
2026年、皆様のご健康とご多幸を心から祈念しております。良きお年になりますように!
https://www.facebook.com/share/r/16JPnKibdM/
中国のハワイ(笑)と言われる海南島の海口市に来ています。 令和八年一月
https://www.facebook.com/photo?fbid=25399639623030267&set=a.104659426288302
中国のハワイ(笑)と言われる海南島の海口市に来ています。
ネットが繋がらなくなり苦戦しています。この辺になると英語も通じなくなり、Temで購入した翻訳機もこちらの発音が悪いのかまともに翻訳してくれません。
必然的に翻訳機に向かって滑舌よくゆっくりと「こ・の・荷物・を・預・かって・も・ら・え・ます・か?」とジャーナリストの渡部陽一さんのような話し方になります。
結局通じたのはこの文言だけでした(泣)。
タクシードライバーが英語を解しないのは無理ありませんが、ホテルのフロントが一言も簡単な英語が理解できないのは困ったものです。まあ一泊1200円のゲストハウスですが。
さて、われわれは騎楼老街という観光地に来ています。
観光地と言えば市場です。雑然とした雰囲気が好きなのですが食用なのかペットなのか判然としないものもあります。
旅の途中に寄ったバンコクではクロントゥーイ市場に行きました。この市場はアジアの市場の中でも雑然さという点では群を抜いています。悪臭もひどく、神経質な人は気分を悪くするかもしれません。
しかし、生活する人たちのエネルギーに満ち溢れていて、バンコクに行くたびに足を向けてきました。今回の旅で是非娘に見てもらいたかったのです。
ところで私は食べ物を粗末にすることが非常に嫌なのですが、娘も然りで大晦日にサウジで買った弁当の食べ残しを3日の今日、朝食用にホテルで食べていました。
関係ないですがロナウドは息子がコーラを口にするとイライラする、という話を思い出しました。
さあ、今から香港に向けて出発です。父と娘の旅も終わりが近づいてきました。
もう乗り遅れを心配しないで済むという安堵感と寂しさが交錯しています。
管理人マーキュリーマークからの伝言
違った意味で素直に負けを認めた方が良いな。
私が平成27年にカナダを旅行中に毎日必ずフェイスブックのタイムラインに詰問してきたストーカーがいて防犯上の問題があり大変困ったのですが旅の終盤に投稿したらその問題を回避出来ますね。 私はやられました。 過去に糾弾した人々が逆上したのであろう。
