2019年4月13日土曜日

2013年のyahooブログ上の投稿並びに推奨したい内容


yahooブログ上の投稿 その1

再来月からこちらで海外旅行記を発表していきます 
平成25年9月末日
平成25年11月からこちらでドリアン長野の海外旅行記のリターンズを発表していきます。皆様、お楽しみください。
管理人 マーキュリーマーク

皆様にご連絡

この当時、gooメールが有料化されたのでミラーサイトが必要と思った私はyahooブログを利用する決断を下しましたがそのyahooブログが今年の12月にサービス停止を決断したのでブロガー版で楽しんでもらう為に移行(転載)をする決断を下しました。

ドリアン長野は2013年に執筆し発表した夏が来れば思い出す(タイ)を除外し平成十年代にgoo簡単ホームページ上において14か国(香港と中国は別口)の海外旅行記を執筆しました。2010年代にドリアン長野が行った乱雑な投稿について私が整理整頓し感想を付加した上でyahooブログ上で再発表しました。皆様に影響を与える事が出来ても責任は取れませんので、渡航されるなら訪問先の最新情報を得て可能な限り安全な選択をして下さい。現地の言葉もある程度は学びましょう。
経年もあり海外で状況が変化した事も想定されるので現状と異なる部分が多く存在するでしょうが、お楽しみ下さい。
平成31年4月 管理人 マーキュリーマーク


命名 平成25年10月

2013/10/13(日) 午後五時3分

妹の名前は百合香というが、これはアルキメデスが入浴中に浮力の原理を用いて金と銀の合金と、純金の密度の違いを判定する方法を発見(*1)し、思わずユーリカと叫んで裸で往来に飛び出したという話に触発されたと名付け親の父は言う。森鴎外は自分の子どもたちに西洋的な名前をつけたが、少々変わり者の父は鴎外を意識していたかもしれない。そういえば劇作家の平田オリザの名前はラテン語の稲を意味するらしい。作家で初代文化庁長官の今日出海は渡仏した時に多いに困ったらしいが、それは仏語でコンは馬鹿の意味であるとのゆえ。昨今はキラキラネームという判読困難あるいは不可能な名前を散見するが、娘の通っている保育園にミケランジェロ君という名前を見つけ、日本もいよいよ亡国となりしかと嘆息したのであるが、よくよく聞いてみれば、彼は外国人であるとのことで一安心した。寛人と書いてカントという名の知人がいる。かの大哲人エマニュエル カントから名付けたかどうかは知らないが、英語表記にすればcuntとなり、英米人の前で彼の名前を呼ぶのは誠にもって具合がよろしくない。彼は自分がもてないのは名前のせいだと主張してはばからないが、もう何年も前に速水もこみちがブレイクしてからはその主張をしなくなったのは慶賀の至りである。
私はパンクロッカーで芥川賞作家の町田康が好きで、文体を真似してみました。恥ずかしながら、今まで宮沢賢治は読んだことがないので、これを機に読んでみようと思います。
ワタミ会長の渡邊美樹は両親の美由紀と秀樹から一文字づつ取って付けたらしいですが、私の場合は外国に行ったときに呼びやすいとか、昔そんな名前の俳優がいたからとか父は言ってました。しかし長男に美樹という名前をつけるとやはり変わってますね。 ありがとうございます、押忍。


*1正確に言うと金の王冠に銀が混ぜられているかどうかを調べるため。




うちの近所にS町がある 平成25年10月


2013/10/16(水) 午後 10:52


うちの近所にS町がある。そこは高級マンションやオサレなカフェなんかが密集している地区だ。
ある日、保育園帰りの妻がS町に住むママ友と一緒になった。
妻が聞いたそうだ。
「◯◯さんは買い物はやっぱり『ライフ』でされるんですか?」
「『ライフ』でもしますけど、BBが多いですね」
「BB?…ああ、ビッグ ビーンズのことですか」

ビッグ ビーンズは関西で五店舗しかない高級スーパーである。雨の日は◯◯さんのご主人が高級外車で子どもを保育園に迎えに来るらしい。なんでそんな人が認可制の保育園に子どもを預けてるのだ。

その話を聞いて、私は妻に言った。
「今度その人に会ったら、うちは『スーパー玉出』でしか買い物しませんって言うとけ~」
うちからS町に行くには8車線ある通りを横断しなければならない。
ピート ハミルの「世界で最も長い旅はブルックリンからマンハッタンに至る旅だ。」という言葉を思い出しましたわ。
バカ~!スーパー
玉出は パチンコ屋みたいですよね。

そうそう、ビッグ ビーンズは輸入食料品も多い置いてあって、成城石井みたいな感じ。関西で一番高級スーパーといえば、芦屋に本店があるikariスーパー。横浜駅にも店舗があったけど、すぐつぶれたとか。関東では一番は紀ノ国屋?玉出は日の丸弁当とか普通に売ってる。レジの人はほとんど中国人。たまにタイ人。日進ワールドデリカテッセン、これは行ってみたい。麻布にしかないんでしょうか?マンダイ、あるある!広尾のナショナルマーケットみたいに大使館員とそのご家族御用達?(>_<)

宮沢喜一の「おとん」 平成25年10月

2013/10/19(土) 午後 9:52

私が理想の武道家として思い浮かべるのは「タフ」の主人公、宮沢喜一の「おとん」だ。「おとん」は外見はサラリーマン然として、強そうに見えないが、一子相伝の灘新陰流の継承者である。普段は非常に謙虚で、女性や子どもや弱い者に優しく、乗り合わせた新幹線のトイレが汚いのを見過ごすことができず、汗だくで掃除してしまうような男であるが、正義感が強く、理不尽なことには身を挺して戦う。喜一は口では悪態をつきながら、実は心底「おとん」を尊敬している。そんな男に私はなりたい。


二歳の娘は歌が好きだ 平成25年10月

2013/10/20(日) 午後 8:31

二歳の娘は歌が好きだ。保育園で習った歌はもちろん、自前の歌もしょっ中歌っている。気がつけば娘と一緒に童謡を歌ってたりもする。ピストルズやダムドやクラスが好きだった自分が。
今日は西船場小学校の体育館を借りて運動会があった。娘と一緒にエビカニダンスを踊った。ストラングラーズやPILやビリーコーガンのライブでポゴダンスを踊っていた自分が。おまけに年長さんの組み体操を見て涙ぐんでしまった自分が。(T_T)

でも、プログラムに障害物競争をオブストラクレースと書くなんて過剰反応だ。先生も言えなくて噛んで、結局は障害物競走ってアナウンスしてた。(笑)
近所にハードロックやヒップホップのかかる蕎麦屋があるけど、そこでリズムに合わせて体を揺らし、頭まで振ってた(ーー;)
この前、新しい服を着せてもらい、鏡を見ながら自分で「かわいい」と言ってました。(ーー;)


ツイートの基準ですが、変更を考えてます 平成25年10月


2013/10/22(火) 午後 0:48


管理人の感想文と皆様への伝達事項
今月も、3分の2が過ぎて残り少なくなってきました。ツイートの基準ですが変更しようと考えてます。こちらの趣味で行ってるがゆえにある意味自由ですけどもね。具体的なことを決めたら、後に発表します。
別件ですが、フェイスブック上で発表が行えてもgooブログ上やツイッター上並びにヤフーブログ上で発表するのは肖像権や著作権等の観点から見合わせたいお話も幾つかあるので、もしも、皆様の中でドリアン長野が発表したお話を全て知りたければフェイスブックに加入してください。

皆様にご連絡

上記はこの当時、考えてたことです。
リターンズとは、平成十年代に存在してたgoo簡単ホームページ上でドリアン長野は海外旅行記を発表してましたが、2010年代になって私が適当な感想文を付加して再発表した海外旅行記と考えて下さい。後に考えが変わりました。
第一に、乱雑な海外旅行記の整理整頓。順不同でしたので円滑に楽しめませんでした。
gooブログ版は平成30年3月から円滑に楽しめるようにしましたので興味を持たれた方は以下をクリックしてください。
gooブログ版 ドリアン長野の海外旅行記のリンク集
第二は、平成27年10月に私はカナダのブリティッシュコロンビア州へ旅行しました。
その後、私は海外旅行について理解が深まりました。
マーキュリーマークの海外旅行記 カナダ ブリティッシュコロンビア州編 Canada BC
第三は、近年の外国の変化についての連絡を付加する必要があるように思えました。
日本国内において諸外国の動きについては報道される事が多いので半ば周知されてます。





これらを考慮した結果、再編集をした上での再発表は仕方ありませんでした。後にブロガー版でも円滑にドリアン長野の海外旅行記について楽しめるようにします。yahooブログ版の投稿については可能な限りブロガー版移行することを先行します。なぜなら、yahooブログが2019年12月でサービスを終了するからです。yahooブログを採用した理由はgooメールが有料化されたこと並びに実質的なミラーサイトを用意しておく方が良いと考えたからです。

香港の散歩(芸能人ではありません)リターンズ #54 #55 and #56
2013/11/10(日) 午後 3:01 日記 練習用

#53 香港の散歩at 2004 12/01 23:38 編集
海外で何が一番楽しいかというと、言うまでもなく散歩である。私の場合はガイドブック片手にうろうろするので純然たる散歩とはいえないが、それでも右手に路地があれば入り込まねば気がすまないし、左手に面妖な物売りがいれば声をかけるのにやぶさかではなし、前方に小汚い食堂があれば満腹でない限り入ってみるのである。ただし、歩くのは速い。ほとんど徒競走だ。限られた短い滞在時間に少しでも多くのことを見ようとするから気があせって小走りになる。夜は旅行日記を書くので、くたくたになって宿に帰ってきても書き終わるまで眠られない。その日の詳細をいちいち書いていると一時間くらいかかってしまう。う~、早く寝たいと眠い目をこすりながら日記をつけていると研修旅行でもしているような気分になる。最近では外出するたびに日記用のノートを持ち歩き、飯を喰ったり、お茶してる間にちょこちょこと書くようにしている。観光客然とした出で立ちでいると危ないので、スーパーのビニール袋にカメラとガイドブックと日記帳を突っ込んで俺はジモティー(地元民)だよという顔して歩く。そのせいか、盗難に遭ったことは一度もない。
香港は狭い土地なので三日もうろうろすれば概要は分かってくる。とにかく、どこに行っても人がいっぱいだ。旺角なんて渋谷のセンター街の何倍もの人だかりだ。頭がくらくらしてくる。人込みに疲れると、チョンキンマンション近くの九龍公園に行った。フィリピーノの憩いの場所になっていて、彼女たちに混じってベンチに座り、スーパー「ウエルカム」で買ったおやつを食べながらぼ~っとする。夜になると「シティスーパー」という大型スーパーに行く。ここには世界各国の食料品がずら~っと陳列され、在香港邦人の姿もよく見かける。私が香港を一番インターナショナルな街だと実感する場所である。そんな香港の街歩きで私のお気に入りの場所が二か所あった。(つづく)

管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項

海外旅行で何をするかの説明をした海外旅行記でもありますね。現地(香港)のお店の紹介も行われてますね。お気に入りの場所は次回にご期待ください。

ここまでは、前回迄gooブログ上で発表したドリアン長野の海外旅行記ですが、今月からはこの場で発表していきます。今回は特別に香港の散歩三部作(リターンズ)を同時に発表します。
又、順番が前後するようですが初めてドリアン長野の海外旅行記リターンズを読まれる人に説明させていただきますがリターンズとは平成10年代に発表していた昭和60年代から平成10年代の海外旅行記を管理人マーキュリーマークの感想文を加えた上で2010年代に月に一回の割合で発表していきます。

皆様への特別な伝言
過去形です。後に、平成20年にもドリアン長野はタイランドへ旅行しました。

NO54 続 香港の散歩

at 2004 12/11 00:09 編集

まずは中環(セントラル)に行ってみる。地下鉄から地上に出てみると、おおっ、そこはロンドンのシティかと見まがうほどにエリートビジネスマン&ウーマンが闊歩する香港経済の中心地であり、おされな地区である。高層オフィスビルがばんばんと林立し、バスに乗り合わせたおのぼりさんの中国人が、うおおお~っと一斉に喚声をあげるほどだ。正直なやつらめ。かわいいじゃないか、中国人。ただ背後にはすぐ山が迫っているので、坂を昇っていくとすぐにオールドチャイナが顔を出し、高層ビル群が書き割りみたく思える。散歩の途中に下校帰りの小学生に出くわしたが、みんな将来は香港大学を卒業して香港経済の要職に就きそうな上品で賢そうな顔をしていらっしゃられる。そんな山の手から地下鉄で西へ一つ目に上環(ションワン)がある。かつては商業の中心地だったのだが、今はさびれ、ださいといえばださい。中環とは比ぶべくも無い。下校途中の小学生も庶民的というよりは頭が悪そうだ。思い出せないほど遥か昔、大阪が天下の台所として殷賑を極めていたのも束の間、あれよあれよと江戸にその中心を奪われ現在にまで至っているのを彷佛させる街だ。ほっとけ!
上環駅からハンコ屋が密集する文華里を抜けると、蛇料理を出すレストランがある。昔は蛇問屋が多かったそうだ。少し歩くと骨董品街のハリウッド・ロードやキャット・ストリートがあり、ここからは坂道が多くなる。その一角にある香港最古の廟である文武廟に入ってみる。ここには緑の衣をまとった文の神様と赤の衣をまとった武の神様が祭ってあり、原色のド派手な神様だ。それでも熱心に祈っている参拝者を見ているとこっちも敬虔な気持ちになってくる。そこからハリウッド・ロードを北西へ道なりに歩いていくと仏具屋や棺桶屋がある。店の前には参詣した際に燃やす紙で作った車や紙幣なんかがずらっとぶら下がっていて壮観だ。道がクイーンズ・ロードと交差したあたりから乾物屋が多くなり、下町の中の下町、まるで下町を煮染めて佃煮にしたような雰囲気になってくる。たまにあるコンビニやマクドナルドがミスマッチだ。歩いているうちに段々と異臭がしてくるが、これは梅芳街という数十メートルの横丁に塩漬け魚を売る店があるからだ。店の前には干し魚が所狭しと吊り下げられ、それを猫車でせわしなく運搬している。このタンパク質が発酵した臭いというのは、お好きな人にはたまらん臭いだ。発酵学、醸造学者の小泉武夫先生によれば、チーズというごく一部の例外を除けば、地球上でカビを使う食文化圏はアジア地域に限られているそうだ。日本ではこの手の臭いが駆逐されているのは残念至極だ。そこから大通りに出ると乾物屋問屋街になる。ブリキで作ったようなレトロな緑色のトラムに乗り、二階席に陣取ってこの通りを眺めるのも乙なもんですな。店のおやじがドリアンの段ボールをたたんでたり、八百屋の前で猫があくびをしたりするのを見ていると、意識がとろとろとしてきて、中国を清といってた時代に思いがはせ、アヘン戦争だの東学党の乱だのといった言葉が浮かんできたりしますな。さて、散歩は九龍へと戻りやしょう。(つづく)
管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
平成十年代の出来事です。最近は、中国も香港も激変したと思います。その当時を連想し読んでもらえれば幸いです。
NO55 続々 香港の散歩

at 2005 01/12 23:19 編集


油麻地(ヤウマテイ)駅から上海街を南下していくと一気にディープな中華街になってきます。右に左に仏具屋や雑貨屋や線香屋なんかがあって、正真正銘、由緒正しきチャイナタウンという感じです。こんな所を歩いていると心底、落ち着きます。もう少し行くと天后廟に突き当たります。廟は赤を基調としていて、守り神はいかにも中国という感じの妖しい人形たちです。若い女性も多く、線香をあげて熱心におがんでいます。その入口にある公園では、おじさんたちが佃煮のように密集して、昼寝をしたり将棋をしたり簡素なビリヤード台で玉突きをしたりして、おじさんたちの憩いの場になっています。この光景を見ていると、大阪は西成にある三角公園、別名トライアングル・パーク(嘘)を思い出します。ホームレスの憩いの場所である三角公園には街頭テレビがあり、みんな金曜ロードショーなんかを観ています。年末なんか総合格闘技の「プライド」を観てたりして、どこかの通のおっちゃんが、桜庭の師匠の高田がどうたらこうたらと講釈をたれてたりしてますが、チャンネルは誰が決めてるんだろうといつも気になります。そこからまっすぐ行くと廟街(テンプル・ストリート)になります。夜になると男人街と呼ばれる場所ですね。私はナイト・マーケットよりも昼間のだらだらっとした感じが好きです。しばらく歩くと佐敦道(ジョーダン・ロード)にぶつかりますから、右折してうろうろしていると、公園やらサッカー場やら公設市場がある場所に出ます。官涌街という通りを下っていくと場末のポルノ映画館があります。侘びしさが素敵な通りです。このうらぶれた感じがたまりません。ここで散歩は終わりです。地下鉄で帰ることにしましょう。スターフェリーで香港島に渡ってみようと船着き場に行くと、これがまたものすごい人だかり。香港の映画スターの手形がはめ込まれたプロムナードには何千人という人民と観光客が密集しています。みんな夜景を観にきたんだなと思っていましたが、そのうち「音と光のショーへようこそ」というナレーションが聞こえてきたかと思うと、対岸の香港島の高層ビル群からイルミネーションが乱舞し、レーザー光線が飛び交い、ステレオサウンドで音楽が鳴り響き、屋上からは花火がどっかんどっかんと上がり、ほぇ~っと見とれているうちに20分ほどでショーは終了しました。はぁーっ、ええもん見せてもらいましたわ。そういえば、空港に着いたときにパンフレットを配ってましたが、それには5月1日から9日は特別に花火の打ち上げをやりますと書いてありました。ああ、この期間中に香港に来れてよかった。これでいつ死んでもいいわと思いました。マジで。
管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
地元、大阪と香港を比較した海外旅行記ですね。やはり、旅行に行くと旅先と地元を比較するのは不可避だと思います。
以下は、参考程度に閲覧してもらえれば幸いです。
http://youtu.be/xyZiIAWu4Qs


大阪駅 時空の広場 娘 平成25年11月  2013/11/21(木)
大阪駅 時空の広場 12月までやっとるとよ。スカイビルの下もでっかいクリスマスツリーがあっとよ。

製薬会社が建ち並ぶ道修町(どしょうまち)。
2013/11/23(土) 午後 8:44 
11月の二日間だけ神農祭が行なわれます。大阪では年最後のお祭りなので、とめの祭りとも言い、親しみを込めて神農(しんのう)さんと呼んでいます。 - 場所: 少彦名神社



空手をやるには寒いなあ 平成25年11月末日 
2013/11/30(土) 午後 3:54
空手をやるには寒いなあ、と思いながらふと思った。空手が出来るのも健康に産んでくれた両親のおかげだ。母は先週、転倒骨折し、入院した。骨折したのは二度目で両脚にボルトが入っている。帰省して見舞いに行ったが、軽い認知症の症状もあった。子どもを病室に連れていこうとしたら、雰囲気に怯えたのか、恐いと言って泣いた。両親とも80を越えている。孫が成人になる姿は見られないかもしれない。大山総裁の「極真精神である、『目は高く、頭は低く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益する』の孝とは親孝行のことだよ。親というのは子どもを見返りのない、無償の愛で育ててくれる。それに気づかなければ駄目だよ。親孝行しない人間は私の弟子ではないよ」の言葉を思い出す。正月も帰省しよう。

「おもひでぽろぽろ」 平成25年11月  2013/11/30(土) 午後 10:47 
あなたは男の子の気持ちがわかってないんだなあ、とあべくんの気持ちを忖度するあたりから、うるうるときた。最後に東京へ帰る電車を乗り換えて山形に戻るシーンで我慢できなくなり、止めどもなく涙が。
あの頃は家族で食事をしている場所でお父さんが煙草を吸う光景は当たり前だったなあ、と感慨深かった。現代ではまず見られないね。

秋ですね 平成25年12月 
2013/12/1(日) 午後 5:48 
おはようございます
ベランダから公園を臨む
なにわ筋の銀杏並木  平成25年12月 
2013/12/1(日) 午後 7:11 

秋になるとおばちゃんが銀杏拾いしてます。



2013年12月1日教会にて 2013/12/1(日) 午後 7:16






#56 上海日記 一日目(リターンズ) 
2013/12/4(水) 午後 9:15 
NO56 上海日記 1日目

at 2005 01/15 21:22 編集

12月19日
年下の友人K君から何年か振りに電話があった。四方山話のうちに彼が言った。
「ドリアンさん、僕今年パスポート取ったんですけど、一緒に海外旅行行きませんか」
「そりゃいいけど、年末まで10日しかないで。もうチケットは残ってへんで。あったら奇跡やわ」
「奇跡ですか。可能性としたら何パーセントくらいですか」
「まあ、消費税くらいやね」
「5パーセントですか.....。ドリアンさん、こんな話を知ってますか。本田技研の創業者の本田総一朗はですね、小さな町工場から始めてですね.....」
K君はなぜか突然熱く語り始めた。
「ですから、たとえわずかな可能性でもそこに賭けてみるのが男のロマンかと.....」
「わかった、わかった。君の言いたいことは、よ~くわかった。インターネットで調べてみるけど、あんまり期待せんといて」
と言って電話を切って、一応検索してみることにした。リーマン・パッカーは年始年末と盆休みとゴールデン・ウィークしかまとまった休みが取れへんからなあ。俺も半年くらいアジアを放浪してみたいで。バンコクはっと......。やっぱり満席やがな。インドもどっこも満席や。不況いうても年末になると日本人はどっと海外に行くからなあ。どこが不況やっちゅう話やねんな。日本人は兵役みたいに全員一週間インドに行くことを義務づけたらええと思うわ。正月ハワイに行くやつは死刑や。ロサンゼルスに行くやつは帰ってこんでええ、って俺は小言じじいか。過去になんかあったんかいな。マニラも一杯や。当たり前やな。年末のチケットいうたら二か月前から予約すんで、フツー。ラオスもミャンマーも直行便飛んでへんからなあ。一週間の休みやったら無理や。北京も駄目、上海は、おっ、あった。あったがな、こんな時期に。やっぱり本田は偉大や(なんのこっちゃ)。早速、K君に電話する。
「奇跡は存在したで。上海行きあったで」
「えっ、本当にあったんですか」
あんなに熱く語ったはずのK君の声はものごっつう不安気だった。Why?

管理人マーキュリーマークの感想文と皆様への伝達事項
 初めにお伝えしますが、これは、平成17年のお話です。最近になって日本の尖閣諸島や制空権を破壊しようとしてる中国へ旅行するかしないかは各自でお決めください。
 日本人同士であれば言葉が通じるからかワガママや馬鹿げた本音が言えたりもするのが現実です。掛け声倒れというか提案や質問はするが何もしない人が日本には数多いですよね。そういった発言だけを喜ぶようでは何も出来ないまま終わってしまうから不利益を作り出すと思います。この場合は海外旅行ですが、行えないかもしれない状況が行えるようになったのだから素直に喜ぶべきなのにつまらない事柄だけを真剣に語るのが目的ではいけないと思います。 やはり、実行することを重要視する人物でなければ詐欺師のような矛盾を抱えた錯乱した人物が増えるだけだと考えられます。責任感が欠落してる社会は辛いです。 今回は海外旅行して苦労するというよりも行くために苦労したお話でしたね。空手家の間では、「千の言葉よりも一の実行。」ということわざがございます。
以上、管理人マーキュリーマークでした。
かけがえのない宝物 宮里悦子 Etsuko Miyazato Chidester
2013/12/30(月) 午前 0:10

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回顧を兼ねた書評 令和二年三月


僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。アフリカは遠すぎて行けなかった。
新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットのプールで溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
旅も好きだが、旅行記も好きだ。この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。何よりも文章がうまい。奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、一気に読め、感動的でさえある。朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。


ランニングについての投稿




ランニング(特に早朝)をすると
眠気がふっ飛ぶ
血液が循環する
走っている時は悩みを忘れる
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街中の新しい発見
脳から快感物質が出る
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大阪城公園〜坐摩(いかすり)神社の紫陽花